不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

折れた魔剣/ポール・アンダースン

折れた魔剣 (ハヤカワ文庫 SF (1519))

折れた魔剣 (ハヤカワ文庫 SF (1519))

 イングランドの強者オルムに長男が生まれる。だがその長男は密かにエルフの太守に取り換えられ、太守の養子スカフロクとして仙境で屈強な戦士に成長した。一方、オルムの元に残された取り換え子のヴァルガルドは、長じるにつれエルフとトロールの相の子としての凶暴性を発揮し始める。エルフとトロールの戦争が間近に迫る中、ノルンの三女神は、スカフロクとヴァルガルドにどのような運命をもたらすのか……。
 キリスト教イングランドに布教されている時代を舞台として、剣と魔法のファンタジーが展開される。どこからどう見てもScienceの要素はないが、作家が著名なSF作家でもある*1ということで、ハヤカワSF文庫から刊行されているようだ。「世界の黄昏」「兄妹相姦」「神から授けられた魔剣を鍛え直す(背景には神々の企みが……)」といったモチーフを見るまでもなく、ケルト神話北欧神話の神族やら巨人やらがぞろぞろ出て来るので、元ネタがケルト神話北欧神話であることは明らかである。このベースがベースなので、物語の雰囲気はさすがに暗い。色調としては明らかに灰色で、スカフロクやヴァルガルドが共に悲劇的な結末に向けて驀進していることを強く予感させられる。そして神々や巨人の世界、そして仙境もまた、黄昏時を迎えつつような雰囲気に満ちているのだ。物語の中心に据えられるのは、あくまで取り換え子の二人、そして彼らの血の悲劇、愛の哀しみである。これ自体も読み応え十分だ。しかし、古の神話をうまく利用した壮大な背景もまた、紛れもなく本書のエッセンスである。普通に面白いので、暗めのファンタジー入門にはいいのではないでしょうか。

*1:『タウ・ゼロ』は傑作!