不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

火星縦断/ジェフリー・A・ランディス

火星縦断 (ハヤカワ文庫SF)

火星縦断 (ハヤカワ文庫SF)

 一次、二次と帰還に失敗した火星探索の旅。続く第三次探検隊は、無事に火星に到着するところまでは行った。しかし不幸にして着陸船にトラブルが生じ、乗組員が一名死亡、そして軌道上に待ち受ける帰還船に乗り込む術が奪われてしまった。彼らは最後の手段として、第一次探検隊が火星の北極に残した宇宙船の再利用を思い付く。かくして六千キロにわたる惑星縦断の旅が始まるのであるが……。
 4名の科学者と、探検費用の一助として企画されたイベントで探検への同行が認められた若者、という五名が織り成す人間ドラマが主体をなす。彼らは六千キロもの移動に必死になりはするものの、その冒険自体はそれほど波乱万丈というわけではない。火星には当然ながら荒野しか広がっておらず、巨大な峡谷こそあれ、奇怪な生物に襲われるなどといった急転直下型の劇的要素はない。
 本書の真のドラマは、登場人物たちのキャラクターにある。本書はかなりのページを用いて、彼らの過去を鮮明に描出する。彼らがどのような人物かはっきりわかるようになっているが、これが「わずか2名しか載れない第一次探検隊の船に乗れない」ことによるサスペンスと悲喜劇をいやがうえにも盛り立てるのである。
『火星縦断』は火星探検を科学的かつ緻密に描いた作品だが、それ以上に印象に残るのは重厚な人間模様である。緊急事態下のみならず、その人の全人生に立脚した葛藤が綿密に描き込まれていて読み応えたっぷりである。火星探検そのもよりも、人間ドラマをじっくり味わいたい人に、強くオススメしたい。