不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

宇宙船ビーグル号/A・E・ヴァン・ヴォクト

宇宙船ビーグル号 (ハヤカワ文庫 SF 291)

宇宙船ビーグル号 (ハヤカワ文庫 SF 291)

 1000人以上の野郎共が乗り込む宇宙調査船ビーグル号を舞台に、驚くべき異星種族と科学者たちが戦う物語である。主人公は若き総合科学者グローヴナーで、4つの遭遇*1が描かれており、実質的には中編集と言える内容だ。本書の魅力は何と言ってもこの4種の異星生命体にあり、いずれも怪物的な能力を発揮してビーグル号全体を危機に陥れる。ケアルやイクストルは、滅び行く種族の悲哀を仄かに匂わせて印象的、リーム人も人類との価値観の相違がはっきしていて面白く読める。アナビスはまあ宇宙怪獣という感じではあるが、なかなか味わい深いキャラクターが揃っているとは断言できるだろう。対する人間側も一枚岩ではないのがポイントで、内部で様々な権力抗争を繰り広げている。やっぱ1000人もいると、こうなるわなあ……。これに対し主人公グローヴナーは、「総合科学」という架空の学問の特性を用いて、どうにか船内をまとめて、怪物との戦いに勝利をもたらす。ここら辺は読んでいて心地よい。
 しかし、空想科学の描写や考証は全般に雑駁である。さらに、彼らは敵対するものは何はともあれ即座に撃滅・殲滅すべし、という単純な対応をとるのだが、その割には、未知のものに簡単に接近して接取するなど、初期対応が杜撰に過ぎる。「地球を代表する」はずの科学者たちの思慮は極めて浅いのである。さらに、1000人もいる乗組員に女性が誰一人いないのは、執筆当時は当然であったかも知れないが今となってはやはり古さを感じさせる。敵の方の設定にも問題なしとはしない。ケアルもそうだが特にイクストルは、高度な知性を持っているはずなのに、やることなすこと全て野蛮である。リーム人とのエピソードも、ファースト・コンタクトものとして見た場合は、いかがなものかと言わざるを得ない。とはいえ、生物の設定にも人類の対応にも一番引っかかりの少ないアナビスのエピソードは、むしろ「何もない」ので物足りない。
 というわけで、読者は「エンタメっすよエンタメ!」と割り切って、作品で提示される視座の高さなどは全く気にしないスタンスで臨むべきである。そうすれば混じり気なく楽しめるだろう。

*1:出会う相手は順に、ネコ科の大型獣に似たケアル、鳥に似ておりテレパシーを操るリーム人、宇宙よりも町名で宇宙空間でも何億年も生存可能なイクストル、超巨大生物アナビスである。