閉店時間/ジャック・ケッチャム
- 作者: ジャック・ケッチャム,金子浩
- 出版社/メーカー: 扶桑社
- 発売日: 2008/07/30
- メディア: 文庫
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最後の「川を渡って」はケッチャムにしては暴虐が控え目である。ややニヒリズムに傾くとはいえ、主人公たちに正義と信念があり、メキシコ人少女は必死である。それを作者は丹念に描出しているが、相手方の悪――ケッチャムによく見られる、底抜けの暴虐以外には何もない(知性すらない!)悪――にはあまり重きを置いていない。正義と信念がどうあれ、暴虐とそれがもたらす死や破滅の前には全てが虚しい、といういつものテーゼもそれほどには強調されない。本編においては、正義や信念が意味を持って来るのだ。売春宿の中が地獄さながらで「嗚呼やっぱケッチャムだ」とはなるのだが、このバランス配分は珍しいといえよう。ニヒリズムが薬味となった、ウェスタン小説として高く評価できる逸品である。
他の3編は「もうやめてくれ」と叫び出したくなる、いつものケッチャムである。「閉店時間」の、哀しいが色恋沙汰であるがゆえに甘美であったはずの別れの風情が、トチ狂った強盗によって無意味に引き裂かれる様は、あまりにも、あまりにも不条理である。なお、物語は最後まで甘美な雰囲気を手放さないが、これをどう読み解くかは読者個々人の楽しみに取っておくべきだろう。「ヒッチハイク」も、全く何も考えていないがその分荒々しい暴虐が、女性弁護士の人生を切り裂く。そして彼女自身に変化が訪れる終盤には、背筋に寒いものが走るのを禁じ得ない。「雑草」は徹頭徹尾とにかくイヤでたまらない、あのケッチャムに出会える。善はもちろん勝利しないが、悪もまた勝利しない。全ては虚無に呑み込まれるだけなのだ。
これら3編は、とにかく酷い話で、人生は無意味であること、無意味への抗いも全くの無意味であること、世界を真に支配するのは虚無に他ならないことを表している。だからこそ、これら3編を読み終わった後に来る「川を渡って」が、雲の狭間から差す一条の光に見えるのである。
というわけで、各編の並びでも楽しませてくれる、良い中編集といえよう。ケッチャム・ファンは必読だし、イヤなシーンも今回はそこまで残虐ではないので、ケッチャム入門にも向いているんじゃないでしょうか。おすすめです。