不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

カインの市/ケイト・ウィルヘルム

Wanderer2008-06-22

 青年ピーターは、ベトナム戦争で頭に負傷して帰国し、上院議員の兄の家で世話になっていた。部分的な記憶喪失と躁鬱に悩まされるピーターには、いつしか自分の意識に他人の思考や記憶が流れて込んで来るようになっていた。いや、本当にそんな能力があるわけではなく、記憶が甦っただけではないのか? 苦悩するピーターの脳裡に、やがて、フォード司令官やグレインジ博士が進め、兄も一枚噛んでいる地底要塞建設計画が浮かぶ。核戦争での生き残りを図るこの施設には、一握りの人間しか入れない。この計画を阻止しようとする市民グループは国家に目を付けられていたが、そこにはピーターの元恋人も加入していた。
 非常に陰鬱な作品である。モチーフは国家の陰謀であり、国家が市民を抑圧する現実が重く不気味に描かれる。もちろんこの作品の背景には、ベトナム戦争の敗戦と、冷戦構造下での核戦争のリスクがアメリカ社会に投げ掛けた影がある。というわけで本書は、単にストーリーを追うだけでも実に重い。しかしそれ以上に、ピーターの内面描写がきつい。彼の苦悩は延々と続くのだが、これが非常に根深く、救いがたく、どこまでも暗いのである。その上、超能力なのか、負傷による精神異常なのかが判然としないまま進み、遂には彼の意識も(そしてストーリーラインも)次第に混濁してくる。その意識の推移を見届けるうちに、読者にある種の息苦しさを覚えるだろう。しかしこの切迫感は本物である。国家に対する素朴な疑問と反抗は読者に強い印象を残すはずだ。
 若干とっちらかっているので、傑作と断言する勇気は持たない。しかし、社会の病根を見詰める重い小説を読みたくなったら、選択肢の一つと考えていいだろう。