不壊の槍は折られましたが、何か?

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荒野/桜庭一樹

荒野

荒野

 女出入りの激しい恋愛小説家の父を持つ少女・山野内荒野は12歳になり、電車で一駅の鎌倉の中学校に入学することになった。その途中で、彼女は同学年の少年・悠也に出会う。
 3部構成の長編だが、第1部と第2部はファミ通文庫で『荒野の恋』として2巻で出ていた。本書はそれを加筆修正し、完結編となる第3部を加えている。中絶していた作品が完結したこと自体は純粋に喜ばしいが、『荒野の恋』を購入していた人間には優しくない売り方である。
 しかし本書を一気に通読すると、荒野の変化が明確に見て取れて実にいい。第1部での荒野は弱冠12歳である。世界観は小学生に毛が生えた程度の幼稚なものだ。しかし第2部13歳、第3部15歳と長ずるにつれ、彼女は次第に人格を確立し始める。最初は専ら諭され、世話を焼かれる立場にあった荒野は、次第に自立して行き、第3部になると、それまでの庇護者たちと一種対等な関係を取り結ぶまでになる*1。ここで注目すべきは、この変化が大イベントを契機とせず、普通の人間が12歳から15歳になるまでに普通に手にするように、自然と為されて行くということだ。もちろん、父の再婚、悠也の洋行、妹の誕生やらはある。それに対して荒野が思うことももちろんある。しかし、これらのイベントを経るために彼女が成長するのではないことは強調しておきたい。たとえば、荒野が父と継母の夜伽を聞くのは、彼女が性を意識し始めた後なのだ。何かの知見が彼女を変えるのではない。彼女自身が変わったからこそ、それまで見えなかったものが見えるようになって来るのである。これは素晴らしい。
 ただし、荒野は成長によって、従来の人格を跡形もなく吹き飛ばすというわけでもない。どこか定まらないふわふわした感受性を持つ、という点では一貫する。「荒野」という人格の根本部分は、12歳から15歳に至るまで、ずっと不変なのである。このバランスは非常にうまいもので、合本しても何ら違和感が出ない理由の一つになっている。
 劇性は希薄なので物足りなく思う人が出るだろうが、傑作である。『荒野の恋』が好きだった人は必読。

*1:この点ではラストが鳥肌ものである。