不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

めぐり会い/岸田るり子

めぐり会い

めぐり会い

 主婦の華美は、見合い結婚した夫との愛なき生活に疲れていた。そんなある日ひょんなことから他人のデジカメを入手する。そこには美少年が写っていた。元々妄想癖のあった華美は、その少年に恋をしてしまう。一方、以前は売れっ子ミュージシャンだった24歳の《僕》は、音楽が手に付かなくなり鬱々としていた。そして《僕》の思いは過去へと遡る……。
 帯には「ラブ・サスペンス」などという言葉さえ踊っていることもあって、華美のパートは中年女性の満たされぬ想いをねっとりと描いているんだろうなあ――といった先入観を、粗筋を読んだだけだと抱きそうではある。しかし華美はまだ24歳で、四捨五入しても30歳にならないのである! これは若い。とはいえ爽やかに話が進むわけではない。生活の基盤は医師である夫の収入に頼り、彼が十年以上前からの愛人との関係を続けていようとも、義母はもちろん実母の頑強な抵抗があることもあって、離婚する決意を固められない。弁護士の姉のように、自分の生活を自ら切り開くスキルも持たない。これらのことが華美に鬱屈をもたらし、彼女をして被写体への恋という逃避に走らせる。必然的に雰囲気はどんよりしたものとなる。逆に言えば、彼女の若さだけが救いなのだ。
 対応する《僕》のパートも、《僕》の鬱屈した意識が重視される。問題のあった家庭での、抑圧された生活。音楽で一旗あげたものの、電波系のファンに腹を刺されるというスキャンダルに塗れて、陥ったスランプ。これらが《僕》の暗い心象風景と共に語られる。しかも感受性の線がいまいち細い。こちらもまた岸田るり子の独壇場である。
 この二つのパートは、不気味な放火事件を織り交ぜつつ、ラストに至って実に綺麗にまとまる。ミステリ要素はほとんど強調されていないし、恐らく読者を騙す云々といった方向性も有していないが、巧みな構成には感心せざるを得ない。しかしこのラストの特徴は、これ以外の点では、様々な意味で岸田るり子とは思えないところにある。個人的には「それってどうよ?!」と突っ込みたい気がしないでもないが、村上貴史氏の惹句にあるとおり「知的興奮と新たな勇気を与えてくれる」作品であることは間違いない。完成度も非常に高いし、真相に直結しているのでこれ以上詳しく語れないのは無念だが、岸田るり子の作品中では恐らく、最も一般受けし、最も本屋大賞向きであるだろう。広くおすすめしたい佳品である。