不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

壁抜け男の謎/有栖川有栖

壁抜け男の謎

壁抜け男の謎

 1998年から2007年にかけて書かれた16の短編を収めた作品集である。本格ミステリはもちろん、SFありホラーあり幻想あり恋愛ありオマージュありと、実は短編において多岐に渡っていた有栖川ワールドを存分に楽しめる。本格ミステリの中でも、不可能犯罪やアリバイものなど、類型が多岐に渡っているのも特徴で、シンプルなネタに盛り込まれた豊かなポエジー共々、読んでいて全く飽きない一冊となっている。実にいい。
 長くなるので全作品にコメントはしないが、個人的なお気に入りは、軽妙なやり取りと整理された謎と真相がいけている「ガラスの檻の殺人」、見果てぬ何かを遠くに見ているかのような感覚に満ちた某作家へのオマージュ「彼方にて」、評論行為への不信感*1が滲み出ている「屈辱のかたち」、ロジックをある程度度外視してまで構図に腐心した気配がある「猛虎館の惨劇」、退廃的で色々とやばいエロスが感じられる「恋人」*2辺りだろう。とはいえこれは純粋に好みの問題、粒は揃っているため、お気に入り抽出は十人十色の結果が出て来るだろう。
 当たり前だが読みやすいのも素晴らしい。広くおすすめできる好短編集である。
……あと、どうでもいいんですが、最近のAmazonは書影がないものが多過ぎます。書影アップもままらない特段の事情でもあるんでしょうか?

*1:「評論家への不信感」でないことに注意。

*2:ちなみに、この作品の執筆を有栖川に依頼したのは津原泰水だが、その際の津原の言葉がめちゃくちゃカッコいい(あとがきで読めます)。流石である。