不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

不良少女/樋口有介

不良少女 (創元推理文庫)

不良少女 (創元推理文庫)

 見知らぬ男からの手紙が女子高生に届いたという「秋の手紙」、代議士の死の直前に屋敷で不審な出来事が起きていた「薔薇虫」、万引き少女の家で騒動が持ち上がる「不良少女」、高級娼婦に絡むトラブルを描いた「スペインの海」の4編を収録している。いずれも柚木草平もので、毎回、当然のように美女が登場し、探偵をきりきり舞いさせる。「不良少女」と「スペインの海」では柚木が珍しく依頼人(に近い女性)と寝ており、『夢の終わりとその続き』は突然変異ではなかったのだなと思わされた。
 ただし、柚木は寝たからといって彼女たちに特段執着しない。むろん彼は女好きだが、ひょっとすると彼はセックスや交際ではなく、異なる性との微妙に理解し合えない交流を楽しんでいるのではないか、という節がある。そこには彼女たちの本質を理解したいとの気迫や切迫感はない。無論、彼の言動には幾許かの「惻隠の情」が込められている。だが、目の前にいる人間への深い愛情や同情はない。彼の事件にかけるモチベーションは、自分に対するプライドと痩せ我慢、そして好奇心だけではないか。そんな気がしてならないのである。
 そしてこれが、初出時は柚木草平ものではなかった『夢の終わりとその続き』との最大の相違である。あちらの柚木はもっと必死だった。だからこそ、作者は彼の年齢を『夢〜』でのみ若干下げたのかも知れない。より必死なことが多い青春小説を思い起こすと、樋口有介は、加齢と共に男の内面を諦念が蝕んでいく過程をその創作活動を通してしっかり描き出そうとしているのかも知れない。
『不良少女』所収の各編は、ミステリとしては通常どおり小粒である。しかし事件の構図は、やはり綺麗に浮かび上がる。流麗な筆致も変わらず素晴らしい。樋口ファンには強くお勧めできるし、『彼女はたぶん魔法を使う』『ぼくと、ぼくらの夏』と同様に、入門書にも適しているかも知れない。