不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ロスト・エコー/ジョー・R・ランズデール

ロスト・エコー (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 12-3)

ロスト・エコー (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 12-3)

 ハリーは子供の頃、原因不明の高熱を発したことがあり、それ以来、殺人やレイプなど過去の事件を見ることができるようになってしまった。その場面を見る度に、ハリーは被害者の恐怖感に巻き込まれてしまう。幼少時にそれを信じてくれたのは、初恋の人ケイラだけだった。だがケイラは引っ越して去り、やがて大学生になったハリーは、《見える》ことが嫌で酒に溺れるようになった。しかし同じく酒に溺れる武闘家タッドと出会って立ち直り、美人の彼女もできるほどになる。しかし……。
《見て》しまった未発覚の殺人事件の調査が、ミステリとしての本書の核をなす。しかし『ロスト・エコー』で真に主眼に据えられるのは、殺人事件云々ではなく、ハリー・ウィルクスという一人の男子の成長である。
 100ページ弱の第一部では、ハリーが6歳の時に《見える》ようになった顛末から、16歳の時にケイトの父親が死んだ記事を読むまでが語られる。この間、主人公の思春期模様が、簡素かつ克明に描かれ、本書がビルトゥングス・ロマンでもあることを明示するのだ。第二部以降のハリーは20歳であり、克己して自信と安定を取り戻していく。だがそれは《見える》ことによって挫折の危機を迎えることになる。主人公視点で見た場合、全編で順境と逆境が交錯しており、雰囲気はリアルに浮き沈みし、それを通してハリーは「大人」になっていく。脇役たちのキャラクターも目覚しく立っていて、ハリーに様々な影響を与えると共に、物語に魅力的かつ印象的なエピソードを多数もたらしている。彼らはいい面も悪い面もクリアに描かれ*1、主人公の関係性も非常にリアルな質感を湛えている。ハリーが恋愛中の相手がいいことづくめで描かれるのも、彼が弱冠20歳であることを考えると、また非常にリアルなところだ。
 というわけで、ランズデールはその持てる力を十分に発揮し、青春小説のジャンルでも傑作を生み出した。今回はヒューマニズム溢れる筆致が前面に出て来ているので、広い層に受け容れられるだろう。強くおすすめしたい。

*1:これに伴い、登場人物は総合的にもかなり解像度が高くなっている。