不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

論理を右手に/フレッド・ヴァルガス

論理は右手に (創元推理文庫)

論理は右手に (創元推理文庫)

 パリの街路樹の根元に落ちていた不思議な物体は、人骨であった。ペットのカエルをポケットに入れて連れ歩く、変人ケルヴェレールは、元内務省調査員という地位を利用して警察を動かすと共に、自らも調査を開始する。ボロ館に住む歴史学者マルク=通称聖マルコも彼を手伝うが。《三聖人》シリーズ第2弾。
 ケルヴェレールたちは、人骨の出所探り、探った先で人間関係に切り込む。道具立ては一応本格ミステリないしサイコ・サスペンスのそれで、人間ドラマとしては回顧的な色調が強いものの、本書はそれらの「そのものズバリ」ではなく、巧妙に焦点をずらし、全体的にかなりとぼけた(または飄々とした)味わいが醸し出されている。たとえば、事件の調査はしばしば、何故そう進んだのか曖昧なまま、しかしとにかく進んだりする。さらに、事件関係者として、調査サイドであるケルヴェレールの人生に直接関与していた人物が出て来るなど、主人公自身の物語といった趣きも強い。会話や地の文も面白い。軽妙かつ警句めいた部分が多く、ユーモアとペーソス、そしてきついエスプリの混在を後押ししている。そしてこれら全てを貫く要素は主人公のキャラクター程度しかなく、それ以外で物語を統一できるようなテーマは提示されていない。ただその主人公ケルヴェレールも、掴み所が難しい奴なので(ポケットでカエルを飼うような変人である)、なかなか一筋縄では行かない。
 そんな『論理の右手』だが、読み口が伊坂幸太郎に似ているような気がするのは私だけだろうか。コンセプト勝負ではなく、世の中に対する主義主張の展開が主目的でもない小説であるが、作者の感覚が独特であり、これにじっくり付き合えばなかなか面白い光景が見えて来る。フランス・ミステリ好きは是非、そうでない方もトライしてみませんか?