不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

聖域/大倉崇裕

聖域

聖域

 登山の達人だったはずの安西が、彼にとっては難易度が低かったはずの塩尻岳で滑落した。その地点は、数年前に安西の恋人もまた滑落し、落命した場所でもあった。これらは事故か、自殺か、それとも……。学生時代、山岳部で安西と同級で親友でももあった草庭は、安西と絵里子の死の謎を解くため、とある事情で離れていた山と再び向き合うことを決意するが。
 実に丁寧に紡がれた物語である。登場人物への感情移入を誘って血湧き肉踊る感興を前面に押し出す、ということを大倉崇裕は避けた。事件の構図や人物造形はクリアに浮かび上がってくるが、草庭の苦悩そのものは(直接描かれはするものの)三人称を使って冷静に記述され、どっしりとした安定感を作品は獲得している。ミステリとしての作り込みもなかなか良く、どちらかと言うとトリッキーな趣向を、この落ち着いた小説に無理なく溶け込ませている。
 近藤史恵サクリファイス』同様、『聖域』は、スポーツ小説とミステリが見事な融合を果たした良い小説となっている。広くすすめることができる逸品だ。なお『聖域』を読んで山岳小説に興味を持った向きには、井上靖の傑作『氷壁』もおすすめしておきたい。