刺青タトゥー白書/樋口有介
- 作者: 樋口有介
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2007/02/21
- メディア: 文庫
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柚木草平シリーズの一作ではあるが、一人称ではなく三人称が採用され、視点人物は複数用意されている。主人公は前述の三浦鈴女で、柚木はあくまでサブに止まる。興味深いのは、今回初めて柚木草平という男が外から描かれていることだ。彼は既に「女たらし」という世評を確立してしまっているが、言動は相当に気障かつ軽佻浮薄である。自身の視点から描かれた過去の作品で、彼の人物造形においては《惚れっぽさ》から来る柔弱さが強調されていたが、本書の草平は、優しいけれども正直、単に軽い。そして、女にモテるということに関しては説得力を若干欠いてしまったように思う。もっとも、女心はよくわからないし、草平が言うとおり、東京には女が多過ぎる。だから複数の女性が柚木草平に群がっても、あり得ないとまでは言えまい。要するに、草平もまたほとんどの男と同様、《
さて本書の主人公は鈴女である。彼女の恋愛対象は、中学生時代に淡い想いを抱いていた左近万作であり、38歳の柚木草平ではない。鈴女は大学生であって、まだまだ若い。当たり前だが、万作も彼女と同年齢であり、被害者も同様である。そして、どうやら悲劇の発端が隠されているらしい中学時代の同級生たちも、同じく若い。しかしその若者たちですら、6年前の中学時代に、人生を呪縛されている。それは、6年後の今が、大学生というモラトリアムなのか、既に高卒で働き始めているかを問わない。やはり人間、どのように生きてきたところで、20年も経てば人生に淀みが生じる。そのことを、本書は端的かつ鮮やかに示す。
面白いのは、本書のラストである。若者には無限の未来がある、という類の前向きの展開が主人公を待っているのだ。これは非常に爽やかだが、しかしこれはあまりにもドリーミーだと思う。いくら若いと言っても、これをするには主人公たちは肉体的に年寄り過ぎだ。では何故あえて、こんなラストを樋口有介は書いたのだろう。おじさん・おばさんから見たら、鈴女たちの若さは輝くばかりである。その輝きに目を射られ、作者は、若さの可能性が実態以上に大きく見えた(あるいは、そう描きたくなった)のではないか。それはまさに、若さに憧れる《大人の精神の裂け目》なのである。
とまあ色々書きましたが、今回も読みやすくて面白いです。作品テーマも鈴女周辺に絞り込まれているので、作品の完成度・洗練度いずれも高い。おすすめします。