林檎の木の道/樋口有介
- 作者: 樋口有介
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2007/04/12
- メディア: 文庫
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主人公の悦至は高校生の割に大人びている。しかし、その気障な科白とクールな素振りの裏には、思春期・青春期特有の含羞が込められており、こう言っては何だか非常に可愛い。この手の主人公造形は樋口有介の得意とするところで、かくも連続でこの作家の作品を読んでいるにもかかわらず、一向に飽きが来ないのはやはり素晴らしい。
他の樋口作品と比べても目立つ特徴は、魅力的な脇役が多いということだろう。ツンデレ・ヒロインの涼子はもちろんとして、植物学者でバナナが地球を救うと主張する悦至のお袋、金髪の不良で何故か関西弁の友人マツブチくん、齢七十にして充実した人生を掴んだ悦至の祖父が、実にいい味を出している。そして、冒頭で死亡し、以降主人公とヒロインがその人物像を追い求めることになる由実果もまた、当たり前ではあるが本書の重要なキー・パーソンとなっている。悦至にとっても涼子にとっても、由実果は近しい人物だったはずである。だが由実果の全てをこの二人が知っていたわけではない。いやこの二人に限らず、そもそも人間は他人の全てを把握することなどできない。だが、その無理と可能な限り誠実に向き合い、ある人物とその周囲の人間関係を俯瞰しようとすることは――できるのである。
主人公とヒロインは、このような脇役たちとの対峙を通して、様々な想いを抱き、影響を受けていくことになる。それは成長とは限らない。青春真っ盛りであろうがあるまいが関係なく、人間は、他人と関係しなければ生きて行けない。他者から何がしかの影響を人間は受けざるを得ない。本書ではそれがたまたま、ひと夏のドラマとして整理し得たというだけに過ぎないのではないか。もちろん、『林檎の木の道』は確実に青春小説である。しかし、全ての世代に共通する、普遍的要素もまた確かに持っているのである。エピソードが多様なあまり、一つの小説としてのまとまりは、『ぼくと、ぼくらの夏』『風少女』辺りに比べて弱いが、結局これもまた見事な小説といえよう。