不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

マリオネット症候群/乾くるみ

クラリネット症候群 (徳間文庫)

クラリネット症候群 (徳間文庫)

 女子高生の御子柴里美がある朝、ふと目を覚ますと――自分の身体が言うことを聞かなくなっていた。そればかりか、自分の身体に何者かが乗り移り、勝手に動かしているようなのだ。身体の言動から、乗り移ってきたのは里美の憧れの森川先輩であることが判明する。しかも乗り移りの前夜、森川先輩は毒殺されていた!
 ある人の精神が他人の身体(多くの場合、異性)に入っていた、という発端の小説は少なくない。しかし本書は、視点の置き方が非常に底意地悪い。本書の主人公里美は、「入る」側ではなく「入られる」側であり、自分の身体が自由にならないばかりか、「入る」側と意識が遮断されている。自分のことなのに、ただ事態をひたすら傍観するしかない。本書が奇天烈で面白いのは、そんな里美が事態に苦悩するかと思いきや、このような理不尽な状況に早々と、しかもかなり軽いノリで慣れてしまう、というところである。物語が始まっていくらも経たないうちに、彼女の主たる関心は、身体のコントロールを取り戻すことではなく、既に死者となった森川先輩への恋慕になってしまうのだから始末が悪い。しかも隠されている真相は相当邪悪かつ間が抜けており、読者を苦笑させると同時に、人間の業と情念といったものを燻り出している。ミステリの意匠を借りた、黒い小説を読みたい人にオススメしたい。