不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

藪枯らし純次/船戸与一

藪枯らし純次

藪枯らし純次

 鄙びた山口県の赤猿温泉郷に、「藪枯らし純次」が帰って来た。関与した団体に何故か悉く破滅をもたらすというジンクスに付きまとわれたこの男は、かつて彼の母と姉を迫害した村人たちに復讐するため、帰って来たのか? 興信所の調査員・高倉は、恐れおののく村人たちから、純次を監視してくれと依頼される。だが高倉は、村人たちが何かを隠していることに勘付いた。そして自分の興信所の上司すら怪しげな動きを見せるに及び、温泉郷には何かの秘密が隠されているのではと疑い始める。
 寂れ過ぎて後は死を待つばかりの疲弊した地方の温泉郷を舞台に、生き馬の目を抜く策謀と欲望が交錯する。村人の大半は老人だが、彼らもまた年甲斐もなく(いや老い先が短いからこそ?)、浅ましい煩悩を剥き出しにして物語を大いに盛り上げる。『藪枯らし純次』は高倉が一人称を務めており、最初は実にハードボイルドらしい風情で開始される。しかし、話が進むにつれて、全ての登場人物が次第に浮付き、純次が用意した粗暴なジャズの調べ、そして12歳の少女の妖艶なストリップ・ダンスに乗せられたように、狂気に取り憑かれていく。かくして中盤以降、物語は完全にハードボイルドの殻を破り、船戸与一にしか書き得ない、粗暴な獣性と狡猾な智謀が両立した、闇に溢れた熱い小説に転化していくことになる。歴史的背景を用意するのもこの作家らしい。
 整然とした小説が好きな人には向かないが、本書で描かれる「破滅への驀進」はやはりこの作家にしか書き得ないものだろう。