不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

シオンシステム/三島浩司

シオンシステム

シオンシステム

 近未来の日本、三重県松阪市。当地の研究施設セルフメディカルでは、新医療技術《虫寄生医療》が確立しつつあった。施術された人間は免疫力が増し、病原体がある病気には罹らなくなるのだ。しかも活力も増進する。だがこれが保険適用医療技術と認められてしまうと、医師と製薬会社は飯の食い上げになるし、人間に虫を寄生させることへの不信感も根強い。セルフメディカル・厚生労働省日本医師会などを巻き込んでの覇権闘争が、日本を揺るがしていた。そんな中、記憶を失って発見された若い男・常和峰は、どうやら常和の過去を知っているらしい愛鳩家の中條士郎に助けられ、ボランティア施設で働くことになった。このボランティア施設は、最近なぜか松阪市に大挙してやって来るようになった、鬱状態が常態化した人々《不運の民》を寄宿させていたのだった……。
 硬い報告調の文体で、近未来の日本社会と医療問題をリアリスティックに描出している。しかも寄生虫医療の全貌が見えて来るに連れ、ネタのスケールがどんどん大きくなるのである。この過程はまこと、SF的にエキサイティングであり、期待させられた。
 しかし事態の収拾がうまく行っていないのである。SFとしての肝心要の部分は、曖昧にはぐらかされ腰砕けとなっており、評価しづらい。むろんハードコアな科学ネタが駄目でも小説作りがうまければ何とかなるが、《人間ドラマ》的な部分、即ち伝書鳩レース・記憶をなくした青年・研究者たちの葛藤なども、いまいちぱっとしない。これは先述の「硬い報告調の文体」が、ありとあらゆる場面に使用されていることの悪影響であろう。この種の文章は、ルポ的に事態の推移を記述するには向いているが、情や意志を読者に確然と打ち出すには全く向かないのだ。
 とはいえ本書は、もう少しこなれるか煮詰めるかすれば、化けていた可能性がある。このままでは佳作とすら言えないが、不思議と嫌いにはなれない一冊である。とりあえず、この作者は今後ちょくちょくチェックしたい。