不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

掠奪都市の黄金/フィリップ・リーヴ

掠奪都市の黄金 (創元SF文庫)

掠奪都市の黄金 (創元SF文庫)

 前作『移動都市』の出来事から2年、飛行船《ジェニー・ハニヴァー》を駆って二人で旅するトムとへスターは、冒険家にして作家のペニーロイヤル教授を乗客に迎える。ところが反移動都市同盟に攻撃され、表現に不時着、通りすがりの移動都市アンカレジに身を寄せることになる。アンカレジは故国アメリカの死の大地を目指す途中だった。やがて都市の美しい辺境伯フレイアは、年頃も同じトムに惹かれ、トムも満更ではない様子。へスターはこれに嫉妬し、ある計画を思い付いてアンカレジを密かに脱出する……。
 前作の終盤で見せたカタストロフの衝撃からすると、今回は劇性の面でやや大人しい。代わりに、ヘスター、トム、フレイアの心のすれ違いなど、少年少女から青年になりかけている人物の葛藤にスポットが当てられている。前作で活躍した複数の人物が成長していることもあって、若干シックな印象を受けた。ただしこれらは単なる比較論であって、『移動都市』でも少年少女の葛藤は印象的だったし、『掠奪都市の黄金』もスペクタクル・シーンは《ナウシカ》や《ラピュタ》辺りを想起させるなど、本質的な部分ではいい意味で何も変わらないのである。
 彼らは大変活き活きと描かれており、テクノロジーが凄いんだがへぼいんだかよくわからない世界で、逞しく生きているのだ。登場人物たちの葛藤は、その生の過程では悩むことだって当然ある、ということをしっかり提示するものに過ぎない。
 この他、たとえ悪役っぽい立ち位置にいる人物でも、どこか憎めないし感情移入もしてしまう。本書で展開される人間ドラマは、甘過ぎも辛過ぎもせず、非常に快適だ。シンプルな人間造形に文系的にも理系的にも難しいことを一切言わないこともあって、誰もが安心して読める娯楽小説の佳品といえるだろう。こういう作品もまた高く評価されるべきなのである。前作好評の余勢を駆って、本書の評判もまた芳しいものでありますように。
 なお、一応本書単体でも物語は収束しているが、このラストであれば、アンカレジと登場人物がどうなったか非常に気になる。早く続編が読みたい。