不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

と[ワジェット]とボフ/シオドア・スタージョン

[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ (奇想コレクション)

[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ (奇想コレクション)

 若島正編のスタージョン短編集。全6作収録だが、『海を失った男』に比べてすら、若島が更に強くお堅い文学趣味を見せ付けている。読み口が晦渋な作品が揃っており、ゆえに、娯楽小説作家としてのスタージョンに触れたい読者には少々ハードかもしれない。何が起きているかではなく、何が描かれているかが問題になる作品が多いので、キャラの心の動きを見据えておかねば置いてけぼりにされる恐れがあり、集中を強いられよう。とはいえ、スタージョンが人間心理に注ぐ視線は鋭く、描出が簡にして要を極めているので、致命的に読みにくいとまでは言えない。
「帰り道」は、故郷から出て行きたいという思いと、故郷に帰りたいという思いが交錯する一編。地味。
「午砲」は、基本的に自分に従ってくれるおとなしい恋人を持った男が、安逸にして弱気な生活に嫌気が差し、酒場でトラブルを起こす話である。完全に普通小説で、タフさへの憧れと、ソフトな一面への回帰が味わい深い。しかしこれも地味だ。
「必要」は、目の前の人間が必要としているものを見抜く超能力を持つ男を中心に据えて、一組の夫婦の破壊と再生を描く。これまた一種の《回帰》をテーマとした作品である。超能力を持っていることが明らかになるまでに結構なページ数を消化するなど、作品があまり整理されていない。
「解除反応」は、異世界にワープしてしまった男が、その世界の住人の助けも借りつつ、元いた世界に帰ろうとする話。自分の記憶が判然としない辺りが、物語に混迷という興趣を添えている。しかしまたまた《回帰》テーマなので、ここら辺でもう飽きてきます。
「火星人と脳なし」は、トンでも研究者を父に持つ若者が、同世代の美人に恋をする話。この美人が頭からっぽなのがミソ。会話は全部鸚鵡返しで、若者の言うことを理解できていないのは明らかなのだ。恋は人を盲目にしてしまうが、それを絵に描いたような主人公の反応が面白い。だが正直、恋愛と父親が関与するSFネタがうまく結合していないようにも思われた。ちょっとしょぼい話だと思う。
 そして集中最長を誇るのが「[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ」である。異星から視察にやって来た異星人が、ある下宿の住民一同を観察している。住民たちはそれぞれに執着、苦悩を抱き生きているが、異星人言うところの「シナプス・ベータ・サブ16」を使ってそれを解消していく。克己・覚醒・憑き物落し何でもいいが、こういったキャラ内部での変化によって、当人にとっての問題が解消されて、事態が良くなっていくのである。これはスタージョンにはよくある話だが、本短編ではこの過程が詳細に語られており、読み応えがある。ここら辺が若島正のお眼鏡に適ったのだと思う。
 先述の通り、若島正の趣味が色濃く反映されており、全作品が明らかに何かへの《必要》《回帰》といったテーマを扱っている。展開・オチ・ガジェットなどで魅せる娯楽性はほとんど目立たない。さらに、構成・キャラクター面では余剰物がいっぱい、テンションが上がらない話も多く、テーマも近いのである。となると、印象はどうしても似たり寄ったりとなり、読み口の重さが次第に退屈に感じられて来るのも仕方あるまい。作品をチョイスする際、もっとバリエーションを付けても良かったのではないだろうか。