不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

死の接吻/アイラ・レヴィン

 恋人のドロシイが妊娠した。だが彼女の父親は富豪だが品行には厳しく、恐らくこのまま結婚しても遺産は残してもらえないだろう。そう考えた《彼》は、彼女に薬を飲ませて子供を堕ろそうとしたが失敗してしまう。まだまだ学生であり、前途洋々たる未来を思い描いていた《彼》は、遂にドロシイの殺害を決意した……。
《彼》の鬼畜なまでの身勝手さと、《彼》の偽装された愛情を信じてしまった女性の切ない想いが対比され、実に素晴らしい読み口を提供してくれる。このイヤ話っぷりがたまらない。《彼》に金銭的な貧しさを、女性側に家庭面・愛情面(特に親子のそれ)での貧しさを読み取ることも可能で、登場人物に一定の感情移入ができ、彼らの内面を慮ってやるせなさが募る。完成度も非常に高く、しかも読みやすい。またこれらの全てを、三部構成を採用してダメ押しするように強調する(普通ここまでやりません)ことで、展開のパターン化・常套化を避けているのも評価したい。オールタイム・ベスト企画を立てた場合にかなりの頻度で顔を出す作品であることにも納得できる、実にうまく作られた作品である。読みやすいこともあり、流れるような広くおすすめしたい古典名作である。