不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

悪魔の薔薇/タニス・リー

悪魔の薔薇 (奇想コレクション)

悪魔の薔薇 (奇想コレクション)

 恥ずかしながらタニス・リー初体験。前半は幻想的な要素が勝った作品が多いけれど、徐々に通常の《御伽草子》に近くなって来る印象がある。ストーリー展開を追いたい読者に受けるのは後半の諸作かも。ただし筆致の流麗さ(濃厚!)では前半が勝る。いずれを取るかは人それぞれ、私個人は後半により強く惹かれつつも、前半もまた素晴らしいと思う。時間ができたら(できるのか?)この作家を更に読んでみたい。
「別離」は、女吸血鬼と彼女に長年仕えてきた老人の別離を描く。寿命が近い老人(吸血鬼によってパワーアップはしているのだが)は後任となる若者を連れて来て、代替わりを静かに受け容れる。内心の葛藤と諦念が素晴らしい。
「悪魔の薔薇」は、旅?の男と村の女が繰り広げる恋愛譚――と思わせておいて、最後まで読んでタイトルの意味がわかってびっくりする。ふむ、そう来るか。情景や伝説を語る作者の筆が実にノッている。結構闇向きな作家なんですな。ていうかこれは鬼畜。
「彼女は三(死の女神)」は本作品中もっとも幻想的な色合いの濃い作品だろう。多少は気合を入れないと筋が追えなくなる程度に、雰囲気も濃厚です。芸術と死の取り合わせは、好きな人にはたまらない感興を与えてくれるはずだ。
「美女は野獣」はある意味衝撃的なラストを迎える。視点が変われば、当然のことながら見えているもの=世界は変わるということか。この手の話はかなりよく見るのだが、リーの華麗な筆致によって実に美麗な作品に仕上がっているのも読みどころだろう。
「魔女のふたりの恋人」は、絶対王政下のパリを舞台にした、貴族の娘の恋の物語。これほどまでに身勝手な恋愛が、かくも流麗に語られたことがかつてあっただろうか? いやまあ多分あったんでしょうが、私は初体験でした。耽美的な筆致が作品に施した肉付けが、そのまま恋のあの「自分でもいかんともしがたい感じ」に化けているように思われ、感銘を受けた。
「黄金変成」、この短編辺りからストーリーラインがくっきり出て来る。ローマ帝国滅亡直後の、旧帝国辺境を舞台に、領主の妻となった魔女と、魔女への警戒をただ一人解かない忠実な武人の物語。二人の微妙な対立が非常に面白く読める。むろん筆致も流麗で、舞台も目に浮かぶようだ。
「愚者、悪者、やさしい賢者」はアラビアン・ナイトの一話のような物語である。死んだ大商人の三人の息子が、魔法使いに目を付けられて大変なことになる。本短編集中ではこれが一番好き。あそこまでゲーム的ではないが、『アラビアの夜の種族』を想起したことも付言しておきたい。
「蜃気楼と女呪者マジア」は、多少ゆり戻しが起き、むろんストーリーの起承転結はあるのだが、何かのシンボルといった味わいが増している。町に住む魔女が、町の男を次々に人事不省に陥らせる。何がどうなったかいまいちわからないというか、それは読者個別に感じ取れということなのだろう。魔女の人物描写が事前にはあまりなかったにもかかわらず、このラストでも一応納得できるほど、リーの雰囲気醸成能力は高いということである。
 最後の「青い壺の幽霊」は、大魔法使いが不思議な壺(たぶん壺中天めいたもの)を手に入れ、彼を拒絶するような態度を取る美女の気を引こうとする。すれ違う男女の心、道を極めた大魔術師が抱える孤独と退屈などが十全に表現され、幕切れの情感も非常に味わい深い。作品集のラストを飾るに相応しい一編である。