不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

私の男/桜庭一樹

私の男

私の男

 黒桜庭炸裂の一冊。実に素晴らしい。
 読み進めれば進めるほど主人公が若く、幼くなって行くという時系列構成(つまり、実際の時系列とは逆の並びになっている)も効果的で、彼女とその男の《つながり》の核心が次第に緻密な像を結んでいく様は迫力*1満点だ。また、作品内の時系列順にエピソードを並べて、本書の第一章を最終章に持って行ったと仮定した場合、「この結末はねーよ」などと言う人が出て来ると思われ、この点でも桜庭一樹の作戦勝ちである。
 文体の点でも間然とすることなく、いつもの少女小説っぷりも鳴りを潜めていることに注目したい。主人公が年齢的には少女になった場面においてもなお、この作品は少女小説とは言えなくなってしまったのではないか。ここには、《私》と同時に《私の男》の痛切な心の叫びも含まれている。そしてその叫びは、「少女」の延長線上で片付けるにはあまりにも爛れ過ぎ、歪み過ぎ、そして切実過ぎるのである。
 というわけで、現時点で彼女の、紛れもなき最高傑作であると考える。『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』『少女には向かない職業』『赤朽葉家の伝説』など全てがダメで、「桜庭一樹など自分には不要」と思ってしまった人にもおすすめしたい。決断はまだ早過ぎる。この人は、こんなもの凄い引き出しも持っていたのである。

*1:あえてこの言葉を使う。