不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

火星の長城/アレステア・レナルズ

 23世紀初頭、火星地表に築かれた巨大な大気のダム“長城”を舞台に、連接脳派とそれ以外の人類の対立・交渉・その顛末を描く「火星の長城」。外惑星で発見された昔の宇宙船の中で凍結睡眠についてた男の謎を解く「氷河」、スパイの男が対立するグループと接触する「エウロパのスパイ」、連接脳派とウルトラ属の種族(というかむしろ人種)を超えた淡い恋情を、スターシップを舞台として描く「ウェザー」、辺境の惑星にある、数学の問題を次々に提示して不正解の場合はとんでもない罰が与えられる塔を訪れる「ダイヤモンドの犬」の五編より成る。
「火星の長城」は舞台設定だけでかなりポイントが高く、壮大な光景が眼前に立ち上がるようだ。一方、人間同士の駆け引きは特段長所も見受けられないが、登場人物の大半を占める連接脳派の独特の世界観は印象的で、読み終わった時には結構な満腹感がある。中短編集としての掴みはOKといえよう。その直接の続編である「氷河」はミステリ仕立てで、動機やロジックがなかなかしっかりしている。SFミステリの佳品といえよう。
エウロパのスパイ」は、徐々にホラーめいてくる展開*1が印象的である。そして「ウェザー」は、SF的正統派純愛譚(そんなものがあるとすれば、だが)と理解できる。
 収録作品はいずれも綺麗にまとまっており、『啓示空間』で感じた「アイデアはいいのに、長過ぎて間延びしている」感覚はない。これならば楽しむために条件を付する必要もない。というわけで、普通に面白い短編集である――と言えたらよかったのだが、最後の中編「ダイヤモンドの犬」がちょっとダルくて残念であった。作中で展開される、酸鼻を極めた残酷絵巻には別段の抵抗もなく、というかむしろ好みですらあるのだが、正直尺が長過ぎた。こういう表現をすると毎回「実在しない作品と比較してある作品をどうこうしているようで誠意に欠ける」と怒られるのだが、正直に書くと、平山夢明であれば恐らくこの3分の1、どうかすると5分の1で同じ話を書けるように思う。塔にハードなSF設定を付与するわけでもなく、登場人物への踏み込みも長さに比して非常に表層的である。アイデア自体は悪くないどころか結構面白いので、もう少し絞っていただけたら良かったのだが……。

*1:超常現象ではなく、怖いオチが待ち受けている感が段々高まってくる、という意味合いで使っている