不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

進化の設計者/林譲治

進化の設計者 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

進化の設計者 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

 先進国がユビキタス社会を実現した2036年、世界中で異常気象が発生していたが、ある日、スーパーコンピューターによる天気予報にあり得ないくらいの誤差が生じてしまう。これを所持する海洋開発機構は原因究明に追われていた。一方、阪神北市では福祉事業を妨害する集団*1を取材していたジャーナリストが失踪する事件が起き、高齢福祉課*2と警察が合同で捜査に当たっていた。……その頃、スマトラ沖では日本主導の巨大人工島(直径30キロ!)建設プロジェクトが着々と進行していた。既に洋上には、人工島完成の暁には島の都市となるはずの海上構築物《ムルデカ》*3が配されており、数十万人がそこで暮らしていた……。
 トンでも理論は出て来るが、トンでもな存在が実際に顔を出したりはしない話である。近未来でのビッグプロジェクトを舞台として、ネットワークと生命の関係、そして進化に関する考察が炸裂する。規模は大きいが、物語の構成は基本的に冒険小説であり、大掛かりな陰謀と緊張感に満ちた展開がたっぷり楽しめる。ハードウェア面での近未来SF的な設定がてんこ盛りなので、ガジェットに淫する人にもそれなりに受けるだろう。粗筋で紹介した三本の軸の交錯は、一部若干のご都合主義が見られるが、小説に厳密性を強く求めなければあまり気になるまい。
 というわけで、総合的には非常に楽しめるエンターテインメントSFとして高く評価したい。広げた風呂敷と人間ドラマの回収に多少もたついているのが残念。
 最後に。猫が可愛かったり怖かったりするのは正直反則だと思います。人類はなぜかくもぬこに弱いのか。

*1:老人や障害者は社会のゴミであり、援助する必要など一切ないと主張する危ない集団。世界的に運動が広がっている。さしずめ現代のネオナチに相当する極端な思想と言えようか。

*2:↑のように危ない集団もいるため、法的に銃の所持が許可されている。

*3:法的には船舶であり、船長が絶対の権限を有している。