不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

治療島/セバスチャン・フィツェック

治療島

治療島

 ベルリンの精神科医ヴィクトル・ラーレンツ博士の12歳の娘ヨゼフィーネ(愛称ヨーズィ)は、4年前に失踪した。ヴィクトルの懸命の捜査にもかかわらずヨーズィは見付からない。落ち込んだ彼は現在、パルクム島の別荘に隠棲していた。そんなある日、ヴィクトルはアンナという美女の訪問を受ける。彼女は自分が統合失調症だと言い、ヴィクトルに治療を依頼し、自分はこんな妄想をしていると語り始める。その内容は、シャルロッテという少女が親の前から姿を消し、アンナの前に現れるという物語だった。アンナが語るシャルロッテは、ヨーズィに酷似していた。アンナは妄想を喋っているのか? それとも、現実を妄想と偽っているのか?
 香山リカが帯を書いているうえに、「ドイツのベストセラー!」という売り方だった。正直期待薄と言わざるを得ない。よって暫く無視していたのだが、信頼する読み手がえらく誉めていたのでチェックしてみた。そうすると、これが実際に大変面白いミステリでびっくりした。
 作中の《現在》でヴィクトル・ラーレンツは、精神病院のベッドに拘束されている。暫くぶりに明敏な意識を取り戻し、彼は担当医に過去の体験(=パルクム島での出来事)を語る、という設定である。つまり本書のストーリーは入院するばかりか拘束されるような重篤な精神病患者が語る物語ということになり、読者は、話の内容がどの程度事実なのか不安に駆られながら読み進めることになる。娘が行方不明となった男の深い失意と倦怠、そして沈滞感。そこにアンナの述懐が大いなる波紋を巻き起こす。ヴィクトルとアンナの会話は非常にスリリングである。また、ヴィクトルは電話を使ってアンナの話がどこまで本当なのか、知人を介してある程度は調査できる。事実が少しずつ明らかになっていくのだが、肝心なところで思わぬ邪魔が入るなど、ストーリーテリングも巧みで飽きさせない。舞台変換はほとんどないにもかかわらず、一気読み必至だ。
 そして最後に明らかになる意外な真相! なるほど本書はミステリだったのだ。それも、実に良質な。繰り返すが「香山リカ」「ベストセラー」「映画化決定」「ダン・ブラウンより面白い」等の、下品である上にありがちで、ゆえに信用できない売り文句に騙されてはならない。これは普通に楽しめます。広くおすすめ。