不壊の槍は折られましたが、何か?

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リベルタスの寓話/島田荘司

リベルタスの寓話

リベルタスの寓話

「リベルタスの寓話」「クロアチア人の手」の中編2編で構成される。御手洗ものだが、いずれも電話出演に止まる。基本的には人種間の憎悪がテーマで、そこに旧ユーゴとは直接関係しない異質な事柄(オンラインゲームや俳句)を絡めている。ではまず表題作から。
 ボスニア・ヘルツェゴヴィナの町モスタルで、心臓以外の臓器をすべて他の物に入れ替えられた男の死体が発見される。彼の身元はセルビア人の民族主義グループの男だと判明するが、同じ場所にはモスリムの男も一緒に残されていた。そこに、ドゥブロブニクにあったという人形「リベルタス」が絡んで……。
 ブリキ人形「リベルタス」の伝説*1を描く場面は、筆が素晴らしくノッており、幻想を愛する島田荘司の面目躍如たるものがある。異なる人種も打ち解けかつ「自由」があった理想的な時代*2と対比させることで、ボスニア=ヘルツェコビナにおける悲しい現実がより際立たせている。トリックもなかなか面白い。『本格ミステリの現在』で、法月綸太郎島田荘司を「触覚の作家」と論じていたことを懐かしく思い出す。島田荘司が四肢断裂ではなく臓器摘出系のネタを出して来たということに鑑みれば、方向性の予想は可能ではあるので根幹部に新味があるとは思わないが、様々な要素を絡めて、見え方にオリジナリティを付与するのはさすがである。
「触覚」への興味は、次の「クロアチア人の手」においてより顕在化している。俳句イベントのために来日したクロアチア人2人が、宿舎の個室(密室!)ならびに近くの道路で怪死を遂げるのだ。トリックはとんでもなく無理矢理だが、ユーゴ内戦の傷跡を色濃く漂わせるテーマ、石岡と御手洗のユーモラスなやり取り、水槽と密室の謎など、様々な要素が組み合わされて面白く読める作品に仕上げている。一点突破ではない、物語総体としての読み応え。これまたベテランの実力が発揮された好編である。
 ただし、二作いずれも文章がえらく荒い。特に会話文が……。英語(およびクロアチア語)による会話テンポ、ならびに外国人の日本人と比べ遥かに行動的な言動、および日本人もそうあるべき行動的な言動*3を表現しようと試みた、とも解釈できる。しかし若干の違和感を覚えたのもまた事実である。
 というわけで、個人的には手放しで絶賛できないが、総合的には良い本格ミステリなのは間違いない。幻想的な謎と、常に新しいテーマを追求しようという島田荘司の意欲は、相変わらず旺盛である。ここら辺はやはりさすがと言わざるを得ない。既存のファンに限らず、広くおすすめしたい。

*1:作者による創作だが。

*2:ただし、非科学的な迷信により差別を受ける女性を描いたり、神父がどうもアレだったりするなど、島田荘司はドゥブロブニクを単純に理想郷としているわけではなさそうだ。日本人論を云々する作者が、ここでキリスト教をあまり肯定的に描いていないのは興味深い。

*3:島田荘司が繰り返し日本人を否定的に捉えていることを想起されたい。