不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

警官の血/佐々木譲

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 昭和23年、復員した安城清二は警視庁の巡査として採用され、上野警察署に配属される。警官三代の始まりであった……という大河小説。
 桜庭一樹は『赤朽葉家の伝説』において、三代続く名家の女性、ただし彼女らの人生の中でも若い頃の視点を通して戦後史を俯瞰した。一方、佐々木譲は『警官の血』において、三代続けての裕福とは言えない警官の男性、ただし彼らの人生の中でも中年の頃の視点を通して戦後史を俯瞰する。『赤朽葉家の伝説』は一面ファンタスティックかつ夢想的でもあったが、『警官の血』はリアリズムの小説であり、心象風景は卑近ですらある。このように、『赤朽葉家の伝説』と『警官の血』は、同じ戦後史をテーマとしつつ、様々な点で非常に対照的な作品であり、同一ミステリ年度*1において並び立つのは偶然とはいえ非常に面白い。誤解を恐れずに言えば、このニ作品の読解は若者vs中年という対決構図の枠組みの中で把握される可能性が高く、年末各種ベストで誰がどのようにこの二作を評価するか、今から非常に楽しみにしている。
 肝心の『警官の血』の中身だが、これが非常に素晴らしい。傑作としての評価を確立している『赤朽葉家の伝説』とがっぷり四つに組めるだろう。太平洋戦争終結直後の荒れた世相の中、警視庁の警察官に登用される清二。学生闘争華やかりし頃、巡査という身分を隠して北海道大学セクトに潜り込み、スパイをする民雄。そして警視庁内で不正が疑われる刑事を内偵する和也。親子三代の目に映る警察の姿、そして折々に起こる事件を通し、佐々木譲は戦後の日本社会を鮮やかに描き起こしていく。彼ら自身の人間模様も味わい深い。筆致には抑制が利いており、決して浪花節ではないが、刑事であることの誇りと悩みが行間から滲み出る。各エピソードもドラマティックであり、読んでいて非常に楽しい。
 これでラストの、《清二の死の真相》さえしっかり着地していたらなあ……。破綻しているわけではなく、大河小説の一要素に過ぎないと捉えた場合はむしろ十二分に満足できる。しかし清二の謎の死が、民雄・和也の人生をも貫く課題となっていることからすると、少々弱いように感じた。総合的には傑作と断じるべき作品であるだけに、些末事とはいえ残念である。

*1:『このミス』『文春』の対象期間である11月〜10月を想定した造語(すまん)です。