不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

道具屋殺人事件/愛川晶

道具屋殺人事件──神田紅梅亭寄席物帳  [ミステリー・リーグ]

道具屋殺人事件──神田紅梅亭寄席物帳 [ミステリー・リーグ]

 落語界を舞台とした怪事件を描く中編集。視点人物である若妻の亮子、その夫で落語家・寿福亭福の助がワトソン役を務める(ただし後述するように、福の助の役割はかなり特殊である)。探偵役を務めるのは、福の助の師匠で、引退した名人・山桜亭馬春である。福の助や亮子から報告を受けると、彼はすぐに真相を看破する。ところが病により半身不随なうえに言葉も不如意なので、身振り手振りで福の助に真相を伝えることになる。横で見ている亮子にはそれが何を意味するかよくわからないが、福の助はわかるので、彼はその推理を関係者の前に持ち帰り、そこで初めて真相をわかるように発表する。
……とここまでなら、名探偵の推理をワトソン役がリリースするというだけである。これはたとえば三毛猫ホームズ辺りも同様で、作例は多くもなかろうが稀というわけでもないはずだ。しかし本書はさらにまだ先がある。
 師匠の推理を理解した福の助はまず、それを一般客もたくさん入っている高座で、落語(それも古典落語!)をしながら、関係者にはわかるような形でそれとなく提示するのである。この段階では、関係者と亮子こそピンと来るのだが、読者に対してはまだ明快な説明がない、高座の後にやっと、福の助と亮子が細かな注釈を始め、読者にも推理と真相が理解できるのである。
 この迂遠なルートは、しかし本当に手が込んでいて素晴らしい。古典落語と推理が有機的に結合しており、演目の構造が謎・推理・真相を見事に隠喩しているのは圧巻である。事件そのものも複数のプロットが絡み合い、なかなか複雑だし、恐るべきことに落語についても、新しいサゲを持ち出してくるなど徹底的にこだわるのだ。これは極めて強い思い入れと高度なテクニックを要する技であり、正直圧倒された。
 謎・推理・真相も水準以上だが、本書を佳品たらしめているのは、疑いもなくこの特殊な構造である。本格ファンには強くおすすめしたい。