不壊の槍は折られましたが、何か?

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白の協奏曲/山田正紀

白の協奏曲(コンチェルト)

白の協奏曲(コンチェルト)

 スポンサー企業が潰れてしまい、路頭に迷うことになったM交響楽団の団員たちは、指揮者の中条をリーダーとして詐欺に明け暮れる日々を送っていた。そんな中突如現れた霧生友子は、彼らを《東京ジャック》の尖兵として使いたい、従わなければ彼らが詐欺犯であることを警察に告げると宣言する。一方、公安警察も密かに《東京都民撤退作戦》を進めていた。公安刑事の状元と、日本社会を影から操る男の秘書を務める水沢知佐子は、コンビを組んで実行に当たることになる……。
『白の協奏曲』は、1978年に《小説推理》誌上で発表されながら、今まで一度も単行本化されていなかった。基本的には大掛かりな謀略アクションで、《東京ジャック》という荒唐無稽な大法螺(山田正紀ならでは!)が楽しい。作中の計画は随所で無理があり、うまく行くとは全く思えない。しかし本書の場合は、大風呂敷が広げられる様そのものを楽しむのが正解である。
 本書のタイトルはなかなかに興味深い。視点人物は指揮者・中条と刑事・状元で、彼らのバックにはそれぞれ潰れたオーケストラ団員と、警察組織および国家権力が控えている。そしてこの二名の主人公を振り回すのは、それぞれ霧生友子・水沢知佐子という美女なのである。霧生友子・水沢知佐子というヒロインを独奏者に、中条と状元を指揮者、彼ら以外の登場人物をオーケストラに見立てると、これはまさに協奏曲の配置である。それも2組も。というわけで、我々読者としては、個性的な演奏をするソリストが指揮者とオケの伴奏を振り回す、スリリングな演奏を聴く心持ちで本書に接することができるのだ。現実社会のリアリティはある程度無視できる方には、広くおすすめしたい。山田正紀の法螺が好きな方は必読である。
 ところで、ロッシーニウィリアム・テル》序曲を演奏したらそのオケが潰れる、なんてジンクスがあるとは知りませんでした。検索すると、この手のジンクス、一部では本当に囁かれているようですね。なお43ページに掲げられたオーケストラの解散(またはそれに準ずる)例は、実際に《ウィリアム・テル》序曲を演奏した直後か否かはともかく、全て史実です。
 東京交響楽団のH団長(アルヴィド・ヤンソンス、ええ人や……)、近衛交響楽団、日本フィルハーモニー管弦楽団*1NBC交響楽団*2とか、わずか2行とはいえ、クラヲタ的にはちょっと読みどころでした。

*1:フジテレビと文化放送が放送契約を打ち切り、法人日本フィルは一旦解散、日本フィルと新日本フィルに分裂した事件。

*2:指揮者アルトゥーロ・トスカニーニのために作られた楽団で、彼の引退によってNBCがスポンサーから下りたため、解散の憂き目に……数年はシンフォニー・オブ・ジ・エアーと名前を変えて命脈を保っていたようですが。