不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

赤き死の訪れ/ポール・ドハティ

赤き死の訪れ (創元推理文庫)

赤き死の訪れ (創元推理文庫)

 1377年、クリスマスもほど近い冬のある日のこと。ロンドン塔の城守、ラルフ・ホイットン卿が塔内の自室で殺害された。数日前に届いた手紙に怯えていた卿は、見張りも立たせて部屋への人の出入りを厳重にチェックしていたのに……。その後も、同様の手紙が届けられた卿の用兵仲間が奇怪な状況下で次々に殺されていく。アセルスタン修道士とクランストン検死官は、この謎を解くことができるのか? 
『毒杯の囀り』に比べると、謎にも解決にもぐっと本格色が強まり、ミステリ・ファンが楽しめる可能性はより増している。一方、前作にはイギリス王位に絡む政治問題が影法師を投げかけていたが、今回はそれが払拭されている。被害者たちが中近東で傭兵としてカリフのために戦っていた、という設定はいかにも歴史小説っぽい。しかしこれ以外は、町の描写も含めて歴史小説ならではの風味は後退している。作品を楽しむ一番の近道は、殺人事件そのものと探偵コンビの捜査にじっくり付き合うこと、というわけだ。なお、アセルスタンとクランストンはそれぞれ個人的な悩みを抱えつつ事件に当たるので、個性が更に強く感じられるようになった。ここら辺も読みどころか。
 総じて肩の力を抜いて楽しめる佳品であり、訳出を続けてほしいシリーズであることが確認できたといえよう。……にしても『シャトゥーン』といい『首挽村の殺人』といい、本書といい、今年のミステリ界では大活躍ですな。