不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

四つの雨/ロバート・ウォード

四つの雨 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ウ 21-1)

四つの雨 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ウ 21-1)

 ギャンブルでほとんど全財産をなくし、妻にも逃げられた心理療法士ボブ・ウェルズ(50歳超)は、仲間と一緒にやっているバンドに新規加入したヴォーカルのジェシーと恋に落ちる。彼女と結婚したいボブは、極貧生活から抜け出すべく、患者の美術商が所有する古い仮面を盗み転売して大金を手に入れようと画策するが……。
 中高年のドリームを、ノワールで味付けした一冊。うだつの上がらない主人公は、色々な事情が重なって美女・金・名声を手に入れる。しかしその過程で罪を犯してしまうので、彼の人生や考え方は徐々に狂ってしいく。
 最近出た中村九郎『神様の悪魔か少年』もまたノワールと捉えられる作品だが、『四つの雨』と比べると「加齢の空しさ」が見えてくるのは興味深い。
『神様の悪魔か少年』の主要登場人物は高校生であり、もちろん若い。彼らは自罰的だし相当屈折しているが、まだまだ自力で人生を切り拓くことができる。前途洋々とまで言えるかどうかは微妙だが、少なくとも可能性は広がっている。このことは彼ら自身、意識すらしていないだろうが、自然に理解している。だからこそ、「摂政しよう」という意味不明な言葉とともに、彼らは世界(この場合は舞台となる村)の支配を積極的に目論むことができるのだ。それも活発な日常の延長線上で。
 一方の本書『四つの雨』は、最初のうち、中高年層の単調でつまらない日常が広がっているだけである。四、五十年だらだらしてきた結果、発展性など微塵もなくなった人生がここにある。ところが偶然、様々な事情が重なり、主人公は幸福になりかけるのだ。この展開は当事者にとっては非常に虫の良いものである。だって年下の美女は向こうから惚れて来る(なぜかは今一わからん)し、一攫千金のチャンスは偶然見出される。名声もこれまた偶然転がり込んで来るし、そもそもガキの命を助けた程度のことがニュースでこれほど大々的に取り上げられることは現実的ではないはずだ(自叙伝やインタビューの依頼が山のように来るって……)。
 中高年は少年少女とは違って、既に可能性の芽は摘まれている。活力も弱まっており、人生の転機は、日常の延長線上では訪れない。《非日常》な突発事態、それも自分にとって都合が良い事態が生じて初めて、中高年の人生は変わるのだ。『四つの雨』は、そのことを非常によく表した作品である。ゆえに「最強中年作家陣が大絶賛!!!」という帯を付けた早川書房の判断は大変正しい。
 というわけで、ノワールであること、展開がかなりドリーミー(悪夢も入っているけど)であることにおいて共通性がある『神様の悪魔か少年』・『四つの雨』だが、その内実が全く異なるのは、登場人物の年齢差による。前者からは若者の暴走する自意識が、後者からは中年の厚かましい夢が噴出している。作品世界もそれをある程度容認してしまう(=彼らにとって都合の良過ぎる事態がある程度生じる)。残念ながら、私はいずれも乗れなかった。良い作品だとは思いますけど。
神様の悪魔か少年 (Style‐F)