不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

チューリヒ歌劇場

  1. R.シュトラウス:楽劇《薔薇の騎士》
  • ヴェッセリーナ・カサロヴァ(オクタヴィアン)
  • ルフレッド・ムス(オックス男爵)
  • ニーナ・シュテンメ(元帥夫人)
  • マリン・ハルテリウス(ゾフィー
  • ロルフ・ハウンシュタイン(フォン・ファーニナル)
  • ルドルフ・シャシング(ヴァルツァッキ)
  • キスマーラ・ペサティ(アンニーナ)
  • クリスティアーネ・コール(マリアンネ)
  • ピョートル・ベチャーラ(歌手)
  • NHK児童合唱団(児童合唱)
  • フランツ・ウェルザー=メスト(指揮)

 第一幕と第三幕は同じセットで、白が基調、4本の木(葉っぱは全て取り去られている)が立ち、白の椅子が何個か置かれている。元帥夫人の寝室(第一幕)と町の飲み屋(第三幕)ということで場所が全然違うはずなのに、なぜ同じセットにしたのかはよくわからない。ベッドは地べたに敷かれており、また第三幕で上から吊り下げる形で舞台中央に空気で膨らませた(?)小屋が配置されておりました。挟まれる第二幕は薄い青が基調のセット。ファーニナルの邸宅のはずなんですが、なぜか厨房です。厨房で《銀の薔薇》の授受とかあり得ねえよ! いや面白かったけど。奥の壁面は一面皿がディスプレイ。
 脇役の衣装が変でした。第一幕では元帥夫人の使用人は皆さんインド風。頭にはターバンが! 理髪師がなぜか頭に帆船の模型載せていたり、《歌手》が清朝風の衣装を着た自動人形という設定だったり(しかも箱に入ってる!)したのには笑った。第二幕では、ファーニナル家の男性使用人は全員コック。女性使用人たちも含めて、舞台上で延々と何かを調理をしている。飲み屋の店員は店主も含めこれまた何故か昆虫に仮装。オックス男爵をパパだと叫ぶ子供たちは何故か全員天使の扮装。わけがわかりませんが楽しかったからいいや。
 主要登場人物の衣装はこれらに比べると非常にまともでしたが、オクタヴィアンの小道具関係は色々あった。第一幕での彼の剣は、どう見ても火かき棒。第二幕でオックス男爵に怪我を負わせるのは、厨房に置いてあったナイフ。第三幕で女装するオクタヴィアンは、なぜか頭に三日月状の冠を着けました。
 しかし元帥夫人の演出には疑問符がいっぱい。いや第一幕はいいんです。問題はゾフィーにオクタヴィアンを譲る第三幕終盤だ! 取り乱し過ぎ。まだしつこくゾフィーと結婚しようとするオックス男爵を諌めるシーンで、男爵の胸を「バカバカバカ」という感じで叩く。気品が著しく損なわれていると思う。致命的なのは、三重唱後。若い二人の手を取って握らせちゃう! そして部屋を一旦去ろうとして、何と途中で気絶して倒れちゃう! オクタヴィアンとゾフィーに助け起こされちゃう! その後、二重唱が始まるまでしばらく三人で抱き合ってる! 結構登場人物が動く演出だったので、悪い予感はしていたんですが、やはり三重唱後は《In Gottes Namen》と呟いて静かに立ち去ってほしい。それが老いを自覚しツバメを逃がす大人の女のカッコよさだと思うわけです。しかしこの元帥夫人は未練たらたら。少なくとも人の目があるところでは気丈に振舞おうぜ! 肩肘張ろうぜ!
 声楽的には、主要四役は文句なし。特に、シュテンメとムスは最高。前者は元帥夫人の気高さを、後者は粗にして野だが憎めない男爵のキャラクターを的確に表していました。カサロヴァもオクタヴィアンの威勢の良さをしっかり表出。さすがです。《椿姫》でアルフレードやったベチャーラがミスキャストだったのは残念。決して悪い歌手じゃなんですが、美声で売るタイプじゃないからなあ……。《薔薇の騎士》の《歌手》という役は、歌い口とかキャラ造形とかはどうでもよくて、とにかく美声でありさえすれば良い役なんですよね。
 メストは、相変わらず実にクレバーな音楽作り。全てをコントロール下に置いている感じがビリビリ伝わってきて面白く聴きました。
 来日公演千秋楽ということもあってか、最後は会場もスタンディングオベーション&舞台には紙吹雪が。素晴らしいひと時をありがとうございました。次の来日はでかいSF系イベントにかぶらないようにお願いします。