マリナー氏の冒険譚/P・G・ウッドハウス
- 作者: P.G.ウッドハウス,P.G. Wodehouse,岩永正勝,小山太一
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2007/07/30
- メディア: 単行本
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楽しく笑ってすっきり爽快、今回もご機嫌な文藝春秋のウッドハウス選集第三弾である。ひたすら愉快なギャグの応酬、それでいて絶対に品を保つ節度の高さ! 理想のユーモア小説がここにある。ウッドハウス・ファンは当然として、いつもどおり、他の層にも広くお薦めできる素晴らしい一冊となっている。
ただし本巻では、ウッドハウスの新たな一面が見て取れよう。これまで私が読んだ作品で、ウッドハウスのユーモアは常に温かいものだった。悪意を発露するための皮肉が一切なかったのである。ところが今回、2、3の収録作ではハリウッドに対する露骨な当てこすりがおこなわれている。この点については意外の感に打たれた。解説によると、この大作家はハリウッドであまり良い思いをしなかったようだ。快活を身上とし、不機嫌とは無縁の作風を持つこの作家も、虫の居所によっては悪意に染まることもあるのだなと興味深かった。
さらに「アーチボルドと無産階級」は、ウッドハウスが社会的な配慮を一切欠いてしまうほどに、政治向きの事項に関して興味がなかったことを示している。この短編の内容は、お間抜け男アーチボルド(富裕層)が市民(貧困層)にそそのかされ、社会主義に染まっておバカな行動に走るというものだ。富裕層も貧困層も(社会主義も)バカとして描かれるのだが、リベラルな立場から《正義》を振りかざしそれを《読書の愉しみ》よりも重視するタイプの人間であれば、確実にキレると思う。富裕層と貧困層を登場させて社会主義を持ち出す小説で、たとえそれがユーモア精神の発露でしかなかったとしても、貧困層をここまでバカに描くと不要な抗議を受けるのはわかりそうなものなのに……。では覚悟のうえでやっているのか? さにあらず。ウッドハウスは恐らく、何も考えていないだけなのである。
こういう脇の甘さまで含めて、私はウッドハウスという作家が大好きです。