不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

夜明けの街で/東野圭吾

夜明けの街で

夜明けの街で

 妻子と共にまずまず平和な家庭を築いている渡部の勤務先に、派遣社員として仲西秋葉(独身)がやって来る。複雑な家庭事情を抱えているらしい秋葉に惹かれてしまった渡部は、遂に彼女と不倫の関係を結んでしまう。やがて15年前の仲西家の殺人事件の謎が渡部の前に立ちふさがる。もしや犯人は秋葉なのか……?
 恋愛や不倫は理屈ではないが、それにしても主人公渡部の行動原理の薄弱さは凄まじい。彼が最初に秋葉に惹かれるシーンは、彼女の自分酔い*1が酷過ぎて爆笑。以降、渡部と秋葉は納得できる言動を何一つとらない。クリスマスやヴァレンタインといったイベントへの執着も凄まじいものがある。ここまで徹底されると背後に何らかの意図があると勘繰らざるを得まい。そして本編ラストは不倫の怖さを伝えてやまず、直後のエピローグ部では、人々が不倫に抱く夢や浪漫を《現実》という刀でばっさり斬ってしまう。不倫小説なんてこんなものさと嘯く作者が目に見えるようだ。取って付けたようなミステリ要素も実に味わい深い。全編これ渡辺淳一への皮肉と考えれば極めて興味深い読書体験ができよう。

*1:酔い潰れた秋葉を介抱していてスーツにゲロをぶっかけられた渡部が、後日スーツ新調のためだと彼女から金を掴まされそうになり、「金で済まそうとするんじゃない/お前の謝罪には心が篭っていない」と怒るのだが、秋葉はこれに「それが出来ればどれほど楽か……。素直に謝れるぐらいなら、あたし、こんなに苦しくない──」と涙ながらに返す。これは怒りの火に油を注ぐかドン引きされる結果を招くのがオチだろう。ところがここで渡部は惚れてしまうのである! いいから少し待てと。