不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

オフシーズン/ジャック・ケッチャム

オフシーズン (扶桑社ミステリー)

オフシーズン (扶桑社ミステリー)

 サマー・シーズンが過ぎ去り、観光客も減った1981年9月のメイン州。ニューヨークから、六人の男女(姉+恋人、妹+恋人、姉の元彼+恋人)が休暇を取り、一軒のコテージに集う。だが、当地には《食人族》が潜んでいたのだった。《食人族》は、六人を捕食すべく……。
 ダグラス・E・ウィンターによる《序文》や、ケッチャム自身による《作者あとがき》はこの物語の展開をほとんど全てばらしており、その上で分析や出版の経緯を述べている。ゆえに、気にする人は本編を読んだ後でなければ、これらに触れるべきではない。なお、最初に目次が付いていないので、どこまで《序文》でどこから本編かわかりにくくなっているのでご注意ください。ちなみに、《序文》は7ページから16ページまであります。
 ケッチャムは、この理不尽な惨劇を描くに当たり、襲われる側の恐怖・狂乱・勇気と共に、襲う側の凶暴性と知性(そして我々にしてみれば特異な秩序)を、十全かつ丹念に、しかし冷たく突き放して描き込む。作者は襲う側にも、襲われる側にも、そして最終局面で生き残る人にすら、全く感情移入していない。この粛々とした手並みは、惨劇の激しさにもかかわらず、物語に森閑として神秘的な雰囲気をもたらしており、だからこそ我々を戦慄させる。悲劇とは、かくも淡白に描かれうるものだったのである。人間とは、かくも儚い存在だったのである。人生(《食人族》のそれを含む)とは、かくも無意味だったのである。そしてそれらとは一切無関係に、小説とはかくも楚々として美しく、ここにある。
 作者が襲われる側と一緒になって泣き叫ぶ書きぶりであれば、ここまで凄い小説とはなるまい。まさに傑作といえよう。