不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

グリーン車の子供/戸板康二

 全集第2弾。本巻もまた、実に素晴らしい。しっかりとした日本語による、曖昧なところのない文章。視点人物および中村雅楽を支える、一本筋の通った良識と常識。専ら良い意味で基本に忠実な、起承転結。しかし芸の世界の業(それは、人間そのものの業にも繋がる)もしっかりと視野に捉え、哀しく提示することも忘れない。そういった素晴らしい作品が揃っている。
 このシリーズを不朽足らしめているのは、中村雅楽の立ち位置である。雅楽は、役者の世界ではたいへんな大御所たであり、また小説内では名探偵として機能する。しかし、にもかかわらず、彼は非常な常識人なのである。
 ほとんどの場合自らより若い他の登場人物たちを、雅楽は基本的に優しく見守る。実は厳しい見方をしていた、ということはあるが、その場合も絶対に傲慢にならない。成風堂の某アルバイターのように、自分の価値観で昨日初めて会った人を居丈高に断罪したりはしない。物語が始まる以前からの既知の人間に対し、雅楽は控えめに解決を提示し、あるいは自ら罪を悔いるように仕向ける。言葉で通じそうにもない罪には、彼は寂しげな表情をするだけだ。先述の《一本筋の通った良識と常識》が遺憾なく発揮されているといえよう。
 年齢面でも見識面でも、雅楽は他の登場人物に対し上からの目線を投げかけても良いはずであった。また、名探偵なのだから、日常的におかしな言動を取っても、ミステリ好きたちは違和感を覚えなかっただろう。しかし、戸板は彼をそのようには造形しなかった。派手派手しいキャラ造形で惹き付けるのではなく、ただただ実直な小説作りを目指した戸板の姿勢を、まずは絶賛しておきたい。