不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

真夜中に捨てられる靴/デイヴィッド・マレル

真夜中に捨てられる靴 (ランダムハウス講談社文庫)

真夜中に捨てられる靴 (ランダムハウス講談社文庫)

 8編より成る短編集。
 クーデターにより追放されんとしている独裁者から謎の箱を託された、忠実な軍人の逃避行を描く「まだ見ぬ秘密」。娘が連続殺人の被害者となった父親の執念を描く「何も心配しなくていいから」。アメリカ社会におけるプレスリーの存在を研究する大学教授を描く「エルヴィス45」。その年齢ゆえに製作会社からすげない扱いを受ける老脚本家が取る対抗策「ゴーストライター」。未来の医療技術で治療するため、息子が父親を冷凍保存する「復活の日」。監禁されている女性の不気味な(ほぼ)一人舞台「ハビタット」。アメリカのある町において、スペイン風邪と医者の戦いを描く「目覚める前に死んだら」。毎夜、同じ場所に靴が捨てられているという「真夜中に捨てられる靴」。
 テーマは《妄執》で統一されているものの、ミステリ、サスペンス、SF、ファンタジー(構造は小話めいているが)等、ヴァラエティーに富んだ内容を誇る。明るい話はそれほどないが、暗さや重さをあられもなく出す(または荘重に打ち出す)作風ではなく、あくまで娯楽小説としての節度を堅守しているのが心地よい。人の悪意や狂気を美味しくいただける小説揃いであり、広くおすすめすることができる。『苦悩のオレンジ、狂気のブルー』は未読なのだが、そっちも読んでみたくなった。
 なお、各編の前に置かれた作者コメントと、最後のあとがきが大変面白いことも、付言しておきたい。