不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

笑う男/ヘニング・マンケル

笑う男 (創元推理文庫)

笑う男 (創元推理文庫)

 長い警察生活の中で初めて人を殺してしまったヴァランダーは、鬱になり1年休職。好きなオペラすら聴かず呆然とした日々を過ごしていた。もちろん職場復帰する気にもなれず、彼は辞職を決意する。その決意は固く、友人の弁護士ステン・トーステンソンが訪ねて来て「私の父グスタフ(この人も弁護士)が事故死したが、どうも怪しいので調べてくれないか」と頼んでも断るような状態であった。ところが、1週間の後、ステンが殺されてしまう。ヴァランダーは衝撃を受けて、辞意を翻してイースタ署に復帰する。そして事件の背後には、グスタフの得意先の大富豪がいるような感触を掴むのであった。
 社会派のモチーフをベースとした重厚な物語という特徴は、質を伴って堅持される。また、視点人物がまたヴァランダーに限られるようになったので、彼自身の問題がまたもやクローズアップされる。ヴァランダーが高齢の父親や娘など、家族の問題に悩まされる辺り、事件の本筋とはそれほど関係ないとはいえ、なかなか味わい深い。
 警察小説としては、本作から登場する、新任女性刑事アン・ブリッド=フーグルンド(既婚)の存在が印象的である。ヴァランダーの休職中に赴任して来て、他の部下が(優秀とされる)フーグルンドの存在に警戒感を抱くことも手伝い、ヴァランダーは彼女に、変化する警察、変化する時代を見るのである。
 というわけで、基本的には傑作なのだが、事件自体に若干のケレン味がある。これまでこのシリーズは、外国人排斥、社会主義体制崩壊、黒人差別と来ていた。転じて、今回の事件背景は、うーんちょっとどうなんでしょうか。絶対ないとは思わないが、現実世界でもさもありなんと思わせるリアリティが薄いのではないか。悪人たち、仕事が雑い! 雑いよ! 私がものを知らんだけかも知れないが、これだけが残念。