不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

青に候/志水辰夫

青に候

青に候

 時あたかも黒船前夜。直参旗本の三男坊である神山佐平は、幼馴染の園子(佐平よりも3歳上)が播磨国の栗山藩主の側妾となった縁で、栗山藩に召抱えられることになった。だが佐平を召抱えた藩主が亡くなってしまい、その暗愚な弟が跡を継ぎ、取り巻きたちが勢い付いて藩に暗雲が立ち込める……。そんな中、佐平と同時に召抱えられた縫之助が失踪する。そして家中で一人を切り伏せてしまい、脱藩して江戸に戻った佐平の周辺に、先君急死の真相をめぐって、ただならぬ気配が江戸表に漂い、暗い影が佐平につきまとう。
 本当に瑞々しい文章で綴る、青春歴史小説である。といっても、青年が若さに頼って熱く燃えるような物語ではない。佐平の情熱を克明に描きつつも、三人称を貫き通す地の文があくまで抑制を利かせ、格調の高さを終始保っているのが素晴らしい。人生の苦さ・甘さ・切なさはもちろん、狂信的な女権伸張論者には難詰されそうな男の浪漫や、明快に描かれる正邪すらもが、ただただ自然にそこに息付く。若い作家には絶対できない芸当で、まさに大家の至芸といえよう。それも、志水辰夫のようなレベルで《自分の文章》をしっかり持った老大家にして初めて到達できる、圧倒的に晴朗な境地がここにある。
 《現在》である江戸パートと、《過去》である栗山パートが絶妙に入り混じるカットバック法も目覚しい。そして藩における対立や、明らかになる真相もまた、詳述できないがテーマとしてはなかなかに興味深い。
 本当に素晴らしい作品であり、特に志水辰夫ファンは必読中の必読。一応ミステリだし確実に歴史小説ではあるが、取り敢えずジャンルを気にせず読むことをお薦めします。