不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

吉原手引草/松井今朝子

吉原手引草

吉原手引草

 男と女の、虚々実々の駆け引きが繰り広げられる吉原において、何かとんでもないことを仕出かして失踪したらしい花魁・葛城の実像に迫る。全編が関係者とのインタビューのみによって構成され、視点人物(つまりインタビュアー)はついぞその姿を見せない。10名を超える人間が、吉原を活写しつつ葛城に関する証言をおこなうのだが、これを通して、葛城という一人の女の姿が、実に活き活きと、まざまざと、しかし彼女の本音と精神の慟哭はあくまでヴェールに包まれたまま、浮き立って来るのだ。このバランスの良さがたまらない。また、吉原という特殊な場所も匂わんばかりに立ち昇る。まさに圧巻という他ない。特段高尚なことや特殊なことをやっているわけではないが、多様な要素が素晴らしく綺麗に決まっている小説といえよう。「葛城は何をやったのか、そして何故やったのか」という謎があり、その興味で読者を惹き付ける側面もあるため、一応ミステリということになるだろう。しかし、ジャンルなど気にせず、まずは読むべき傑作である。強くお薦めしたい。
 ただし、「小説の登場人物の内面は、間接的にではなく直接描かれるべき」という信念をお持ちの読者には向くまい。