不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

天を映す早瀬/S・J・ローザン

天を映す早瀬 (創元推理文庫)

天を映す早瀬 (創元推理文庫)

 奇数回(シリーズ第7作)ということで、語り手をリディアが担当する。
 今回の舞台は何と香港(ちなみに返還後である)。依頼主は、リディアの幼い頃から親しいチャイナタウンの黒幕(?)、ガオおじいさんであり、彼の旧友ウェイ・ヤオシーの遺言に従い、遺骨を香港に運ぶと共に、香港でのヤオシーの隠し子スティーヴンに翡翠を渡して欲しいというものであった。そんな簡単な依頼であれば私立探偵を雇うまでもない(しかも2人!)のだが、いざ到着してみると、スティーヴンの息子が誘拐されており、身代として金と翡翠が要求される。金はともかく、美術的価値の低いこの飾りがなぜ? リディアとビルは、現地の警察官マーク・チュワンの助けを借り、調査を開始するのであった……。
 《リディア自身の物語》という性格がいつにも増して強く打ち出されており、その民族的ルーツとなる地を舞台に*1、香港には香港の人物関係があることを通して、リディアは自らもまた人々との繋がりの中で一員を占めていることを強く感じるのであった……というところは大変面白く読んだ。しかし、裏腹に、事件内容そのものは今までで恐らく一番単調である。シリーズというのは、長く続くと、レギュラー陣の人間ドラマになりがちだが、ローザンもまたそこからは逃げられなかったということか。
 解説者は坂木司で、予想通り恐ろしく情緒纏綿とした文章で綴られているが、内容自体は割とマトモで安心した。

*1:ちなみに、リディアにとっては今回が初めての訪中である。