新生の街/S・J・ローザン
- 作者: S.J.ローザン,S.J. Rozan,直良和美
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2000/04
- メディア: 文庫
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さほど金持ちではない部類の中国系の人々、ファッション界での泡沫モデル、同性愛者などに作者は温かい視線を注ぐ。過酷な現実から全く目を反らさないのは変わらない。作者は登場人物に幸福ばかりを運ばないし、そもそも「良い人」としてすら描かないことも多いが、そこには紛れもない同情と共感があり、読み心地・読後感とも非常に良い。現実が何であれ、善悪すら脇に追いやられ、生きているだけで人生とは活力に満ちたものになり得る。そういったことを、強く感じさせる作風なのだ。
さてこのシリーズは、リディア視点の場合、事件関係者の物語であると同時に、リディア自身の物語でもある。リディアは自らの好奇心と探究心を剥き出しにするタイプの探偵で、事件を、依頼人のものであると共に自分のものであるとも考えているようだ。更に中国系という特殊事情(?)もあってか、弱者に対する感情移入も強くなる傾向がある。情に溺れたりはしないものの、彼女にとって探偵とは、熱中すべき誇り高い職業なのではないか。少なくともビジネスライクでは全くないし、彼女自身の信念の表明に関して、相手が誰であれ*1抑制が全く効いていない辺りも面白い。
また、ビルとは異なり、リディアは母親と同居していて、兄も3名いる。彼らは物語に頻繁に登場し、事件の本筋に深く関与することはないものの、リディア自身の生活に関与しようとするのだ。そしてリディアは彼らを愛しながらも、彼らの束縛下に入ることに抗う。この反抗は概ね成功しているが、彼女の精神的自立が、これらの積極的・能動的な言動や思索でもって成立しているのは興味深い。
対するビル・スミスはもう少し落ち着いている。家族もいない孤独な生活を送っているし、探偵としての経験も豊富である分、自らのスタンスを保持し続けるために、外面・内面共にここまで活発な活動をおこなう必要はないのだろう。これはこれで魅力的なので、別の機会に書いてみたく思う。
というわけで、少なくともリディア担当の作品については、陽性で活発な主人公が作品の雰囲気を決定付けており、「清新」という表現がぴったりの雰囲気を持つ。『新生の街』も同様だ。事件の落着のし方やラストは、非常に印象的である。今回もまた広くおすすめできる。