不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ハンプティ・ダンプティは塀の中/蒼井上鷹

ハンプティ・ダンプティは塀の中 (ミステリ・フロンティア)

ハンプティ・ダンプティは塀の中 (ミステリ・フロンティア)

 七月某日。交通事故関係のトラブルで留置場に放り込まれた和井は、その第一留置室で4人の先客と会う。そして始まる、5つの物語……。
 基本的には、第一留置室の面々が塀の中または外で出くわした謎を扱っている。登場人物が制約下にあるので、安楽椅子探偵かと思いがちだが、必ずしもそうとは言えず、様々にヴァリエーションを効かせているのがまずは良い。凝った事件揃いなのも、その分推理が大胆になりがちとはいえ、高く評価したい。ミステリ的にはもちろんだが、単なる読み物・人間ドラマとしても、それぞれに違う味があって読者を飽きさせず、この点は『九杯目には早すぎる』から長足の進歩を遂げている。
 そして何よりも素晴らしいのは、人間の卑小な性根を捉える、作者のシニカルな視線である。この視線があるからこそ、蒼井上鷹と《日常の謎》の親和性は高いのだ。『ハンプティ・ダンプティ塀の中』は、ゆえに素晴らしい連作短編集となっている。広くお薦めしたい1冊だ。