不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

アララテのアプルビイ/マイクル・イネス

アララテのアプルビイ (KAWADE MYSTERY)

アララテのアプルビイ (KAWADE MYSTERY)

 トンデモな展開を見せるミステリ。というかミステリなのか? むしろ諧謔小説と言った方が早いのではないか?
 太平洋上で魚雷に沈められた客船。そこに乗り合わせた男女数名(名探偵アプルビイ警視含む)は、上下逆さになって海に放り出されたカフェに乗り、ある島に漂着する。そこで黒人学者が殺される。
 という筋立てからは、まあまだ孤島ものとしての進行を期待できそうだ。ところが物語は、ほぼ悉く読者の期待や予想を裏切る(上回る、というわけではない点が重要)。アホアホと高い教養が奇妙に同居した作品で、イネスしか書けないかもしれない。個人的にはとても楽しんだ。『ストップ・プレス』は古典本格ファンに大変不評だったとのことだが、まあそういう人はこれ読んじゃいけないんでしょうね。マイクル・イネスは、そういった古色蒼然たる基準とはまた別の機軸で、高く評価されるべき作家であり、『アララテのアプルビイ』は現在のところ、それを最も端的・先鋭的に表した作品である。