不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

切り裂かれたミンクコート事件/ジェームズ・アンダースン

切り裂かれたミンクコート事件 (扶桑社ミステリー)

切り裂かれたミンクコート事件 (扶桑社ミステリー)

 バーフォード伯爵邸のオールダリー荘へ、映画関係者たちが新作の下調べにやって来る。『血染めのエッグ・コージイ事件』ですっかりパーティ嫌いになっていた伯爵も、お気に入りの俳優の来訪に欣喜雀躍。そこに加えて、伯爵令嬢の婿候補×2、オーストラリアから久々に帰国した親戚、飛び入りの名女優なども加わり、賑やかとなるオールダリー荘であったが、そこで嗚呼やっぱり殺人事件が……。
 『血染めのエッグ・コージイ事件』は、ある一点において、バカミスの名を欲しい侭にできる作品だった。しかし今回はその「ある一点」がなくなり、物語の背景からも世界情勢や怪盗といった壮大な設定が消えている(もっとも、映画関係者というゲストたちが地味な存在というわけではないが)。結果、読者の手には、楽しく読めて立派な推理にお腹一杯になれる、贅沢なコージイ・ミステリという本質のみが残った。100ページを超える解決編は質を伴って読み応え十分、本当に素晴らしい。ユーモラスな会話やシチュエーション、話の展開もなかなかに読ませる。そしてクラシック・ミステリのファンは、随所に出て来る固有名詞にニヤリとすることだろう*1。今回は非バカミスだが、実に素晴らしい本格ミステリとなっているのだ。
 というわけで、余程の当たり年になるか、投票権保有者の読書量が想定以上に少なくなければ(まあ面子に鑑みれば、まず大丈夫だと思います)、来年末の本ミス海外ベスト10に顔を出すことは確実。個人的にはベスト5も固いと思う。コアな本格マニアでなくとも十分楽しめる、まことに素晴らしいコージイ・ミステリ。是非たくさん売れてくれて、シリーズ第3作が訳出されることを願う。

*1:もっとももちろん、クラシック・ミステリを知らなくても、この作品は十分楽しめる。