不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

倒錯の罠/ヴィルジニ・ブラック

女精神科医ヴェラ 倒錯の罠 (文春文庫)

女精神科医ヴェラ 倒錯の罠 (文春文庫)

 バカミストークショーのおすすめ本第4弾。どうやら肉体に秘密(それも障害方面で、パッと見にはわからないもの。『倒錯の罠』では結局はっきり書かれないが、どんな障害かは読み取れるはず)があるらしい精神科医ヴェラ・カブラルの物語。この彼女の職業が面白い。物語は、人質をとってスーパーに立て篭もる男を説得するため、そこにヴェラ一人送られるという修羅場から始まる。以後ずっとこんな調子であり、パーティーの最中に自殺すると騒ぎ出した政治家の妻、空港でジェット機に立て篭もるポル・ポト派とかの説得に乗り出す。精神科医らしく病院で診察するような穏健な仕事は皆無。職場即ち修羅場。もはや精神科医ではなく、事実上はネゴシエイターといえよう。そしてヴェラは、トマ・スダン警視と、敵対と信頼・恋慕がないまぜとなった、奇妙な関係を取り結ぶことに……。
 400ページ強ある作品のうち、ヴェラの家族(兄弟姉妹や母親)とのやり取りが半分を占めるのも奇怪である。しかも割と情念系の家族で、別に憎しみ合っているわけでもなさそうなのだが、妙にドロドロしていて、寄ると触ると口論ばかりしている。以上は設定やキャラの話だが、展開もなかなかに変。最後のクライマックスとか、情景を思い浮かべるとなかなか笑える(トリック云々ではありません)。
 というわけで、バランスがどこかおかしい物語であるが、リーダビリティというか、妙に強い吸引力があることは特筆しておきたい。やっぱり情念系のヴェラの語り口が、全ての決め手になっているのだ。晴れがましくなる瞬間は全くないが、陰々滅々というわけでもない独特の風情、いささか病んだ熱気を作品にもたらしている。本当に独自路線。おフランスには、変な作家が多いなあ……。お薦めです。