不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

隣りのマフィア/トニーノ・ブナキスタ

隣りのマフィア (文春文庫 (フ28-1))

隣りのマフィア (文春文庫 (フ28-1))

 バカミストークショーでのお薦め本第2弾。
 ノルマンディーのショロン・シュル・アーヴルという村に、両親と姉弟というアメリカ人一家が引っ越して来る。一家の主フレッドは、実はアメリカで組織の大ボスを売り、証人保護プログラムで名を偽って過ごす元マフィアの幹部なのであった。マフィア風の生活が身に染み付いている一家は、ひっそりとした生活にストレスを感じでいた。というわけで、村では、一家の水道工事をサボった配管工が腕を折ったり、娘の同級生が娘に言い寄ったら血まみれになったりといった怪奇現象が相次ぐ。しかし基本的にいい人揃いである村人たちは、一家に興味津々であり、フレッドは出来心で「自分は作家だ」と言ってしまう。今まで字を書いたことなんかほとんどないのに! しかし純朴な村人たちはそれを信じ、彼を映画上映会のコメンテーターに誘う。そしてそこで上映されたのはよりにもよって《グッド・フェローズ》だった。必死に自分を抑えるフレッドであったが、観客から「ニューヨークって、マフィアがいっぱいいるの?」と質問されるに及び、遂に堰を切ったようにマフィアについて滔々と語り始めるのだった……! 頭を抱えるFBIの諸氏。しかも、わらしべ長者的な偶然が重なって、アメリカの刑務所にいるボスに、一家の居場所が伝えられてしまう。そして送られるヒットマンたち。さあ激闘の始まりだ!
 ギャングってカッコいい、という熱い信念と性向に裏打ちされた一家を巡る、おバカなシチュエーションの数々を描く。しかし筆致はノワールそのもので、そこが非常に独特である。暗い情念といった部分もしっかり描いており、ネタとしてだけではなく、普通に傑作ノワールとして楽しむことができるのだ。言い出した手前、本当にフレッドが書き始める、自伝的な小説の内容もイケている。というわけで、本当に素晴らしい作品。まったくのノーマークであったことを、深く恥じるものである。