不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

美しき罠/ビル・S・バリンジャー

美しき罠 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

美しき罠 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 第二次大戦後しばらくして、ニューヨークに戻った《ぼく》は、旧友ラファティー刑事についての信じがたい新聞記事を見かける。妻子にも職にも恵まれたラファティーの人生は、ある女と出会ったことから突如狂いはじめた…。《ぼく》は関係者にヒアリングし、ラファティーの人生を再構築することを試みる。
 バリンジャーなのに意外や意外、何も仕掛けてこない作品。代わりに、とても悲愴な人間ドラマがある。良き妻を持ち仕事もしっかりこなす、幸福な生活を送っていたはずの男が、ファム・ファタルに出会い、ずるずると堕ちてゆく過程を、作者は鮮やかに描く。心が蝕まれてゆく様子も非常に克明であり、もし現代の作家が書いたのであれば、サスペンスではなくノワールと称されていただろう。異常な感興を伝える作品ではないものの、非常によくまとまった小説であり、なるほどバリンジャーの仕掛けの数々は、この確かな筆力に拠っていたかと納得しきりであった。読みやすいので、旅のお供とかにいかがでしょうか。