不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

夏の魔法/北國浩二

夏の魔法 (ミステリ・フロンティア)

夏の魔法 (ミステリ・フロンティア)

 早坂夏希は中学二年の一学期まで、南の島・風島に住んでいた。彼女はそこで同級生の塩崎洋人と初恋に落ちる。その後夏希は本土に引っ越すが、しばらく若い恋人は連絡を取り合っていた。しかし突如彼女を病魔が襲う。早老症に醜く老いさらばえてゆく自らの身体を恥じ、夏希は洋人に病気のことを一切知らせず、連絡を絶った……。そして9年後。22歳となった夏希は癌に侵され、余命はもはや1年もない。だが今ならまだ一人旅ができる。そこで彼女は、生涯最後の夏を静かに過ごすべく、見た目どおりの老観光客として名を偽り、風島に赴く。だが、夏希は島で、逞しく聡明な好青年に成長した洋人と再会してしまった。洋人は、9年前に夏希が送ったペンダントを見せて「これは、おれの宝物なんです」「中学生のときに、大好きな女の子から貰ったんです」と老婆・夏希に語る。だが、洋人の傍らには、若く美しい沙耶(夏希が泊まる民宿を手伝っている)が立っていた。洋人と沙耶は、夏希の観光案内を買って出る。夏希は彼らとの心からの触れ合いを育むが、やがてその若さ・美しさに、たまらない嫉妬を感じ始める……。
 中学生同士の、幼いながらも(いや、だからこそ)幸福感に満ち溢れたエピソードを「序章」に持って来るという冒頭から、作者の筆は全く容赦がない。
 夏の島の美しさ、若さの輝き、未来への夢。これらが、夏希に忍び寄る嫉妬心、早過ぎる老い、過酷な現実とぶつけられ、やめろおおおおお!と叫び出したくなるほど、あまりにも、あまりにも残酷かつ鮮明に対比される。我々読者は涙すら流せない。ただ呆然と沈むことができるのみなのだ。あるいは血の涙を流すか。また文章もミステリ・フロンティア中では最も格調が高く、夏希の心理状態を微に入り細を穿って描き込み、効果を増幅している。結末も、安易に陥ることを拒み通す。本当にこれはただ事ではない。
 悲劇。哀しい話。切ない話。泣ける話。痛い話。これらの修辞は、『夏の魔法』の前だと浅薄なものに映るだろう。ただただ重い。重過ぎるほどに重い。傑作である。好みの問題はどんな作品にもあるが、閑却されて良い作品では、これは絶対にないのだ。強くお薦めしたい。