不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

アークエンジェル・プロトコル/ライダ・モアハウス

アークエンジェル・プロトコル (ハヤカワ文庫SF)

アークエンジェル・プロトコル (ハヤカワ文庫SF)

 2076年、アメリカ。世界戦争によって科学への信頼は崩壊しており、代わって宗教各派が台頭する。文明を担うのは、人々に埋め込まれた移植組織を通じて接続できる《リンク》である。宗教各派は、この《リンク》への接続権を信者に限っていた。つまり、何らかの宗教を信仰していないと普通の生活ができないのである。そして今、《リンク》では《リンク天使》が降臨し、新大統領候補ルトゥノーへの支持を小さき者たちに訴えかける……。カトリックを信仰している元刑事ディードリは、相棒がローマ教皇を暗殺したために職を追われ、しかも教会から破門され、《リンク》に接続できなくなっていた。私立探偵に身をやつす彼女だったが、そんなある日、突如美男の依頼人マイケルが現れ、リンク天使は偽者の天使であると主張し、その正体を暴くよう依頼する。見返りは、何とディードリの《リンク》への復帰! 訝しがりつつも調査を開始するディードリだったが……。
 ハードボイルド(ヒロインが私立探偵)+サイバーパンク(近未来のネット社会)+ファンタジー(天使)。各要素それぞれの掘り下げは正直浅い。素材そのものではなく、それらを適切に組み合わせ、するする読める娯楽小説を完成させた手腕に注目すべきである。ただし、宗教に関するパロディ的な姿勢はなかなか興味深い。また、この作品世界はもっと色々なことができる可能性を秘めている。続編がある模様なので、そこにおいてSF的に意外な深化を遂げているかも知れず、訳出を待ちたい。ただ、《アメリカ私立探偵作家クラブ賞受賞》だから期待して読む向きには、微妙な感慨を与えるかも知れない。